長編

□CROSS ROAD 12
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「ロック・バイソンさん、虎徹さんの具合はどうなんですか?」

病院の待合室の長イスに座っていたアントニオは俯いていた顔を上げ、声の方を見た。
いつものライダースジャケットに身を包んだバーナビーが心配そうな顔つきで、やはりアントニオを見つめている。

「まだ治療中のようだ。中の様子は分からんがな」
「かなり時間がかかってますね。僕が知る限りでは虎徹さんが怪我をした様子はなかったんですが」

訝しげに呟いたバーナビーが隣りに腰を下ろすと、アントニオはその表情を曇らせた。

救助活動を終えた後、現場で倒れた虎徹はそのまま病院へと運び込まれていた。
その仕事内容と素性を明かせない守秘義務ゆえに、ヒーローTVは特定の提携病院と専属の契約を結んでいる。
そして何度となくこの病院に世話になっている虎徹は、すぐにヒーロー専用の特別病棟で検査を受けることになっていた。

「ところで、バーナビー。お前さんの方は大丈夫だったのか?」

虎徹との関係を知ってしまったバーナビーがどことなく距離を置いているのを感じつつ、アントニオは気遣うように彼に尋ねた。

「ええ。一応、検査を受けましたがどこにも異常は認めませんでした」
「そりゃ、よかった」

安堵の笑みを見せたアントニオにバーナビーは複雑な表情を浮かべる。

「アントニオさんはいらっしゃいますか?」

その時、待合室を覗き込んだ看護師がアントニオの名を呼んだ。

「はい。俺ですが‥」
「鏑木さんのことで先生からお話があるようなんで、一緒に来て頂けますか?」

他の患者の目もあるためか、本名を告げた看護師は周囲を見回すと少し声を潜めた。

「あの、僕も一緒に行ってかまいませんか?」
「相棒のバーナビーさんですね。あなたならかまわないと思います」

そう答えた彼女の後に続いた二人はやがて、医師の待つ診察室へと案内された。



軽くノックした後、ドアを開けた看護師に促されアントニオが部屋に入る。
その後にバーナビーが続いた。

「失礼します」

机に向かって何やら書き物をしていたまだ年若い医師が、二人に気づいて顔を上げた。

「どうぞ、かけて下さい」

用意されていたイスに腰掛けるのを待って、医師はおもむろに口を開いた。

「ご家族への連絡はまだなんですよね?」
「虎徹になんかあったんですか?」

自然とアントニオの口調が厳しいものになる。

「いえ。煙を少し吸い込んでいるようですが、これといった外傷は見当たりません。頭部の損傷なども検査の結果、認められませんでした」

二人は医師の説明にホッと胸をなで下ろした。

「それよりも」
「…他に何か?」
「彼はいつから食事を取っていないんです?」
「どういう、ことですか?」

不思議そうに首を傾げるアントニオとバーナビーに、手元の検査データに目を落とした医師が話を続ける。

「以前、診察した時と比べて極端に体重が落ちています。そればかりか、脱水とひどい貧血、それに栄養失調の状態でしばらく入院が必要です」
「…そんな」
「こんな状態で仕事してたんですよね?よく今まで倒れなかったもんだ」
「…!」

アントニオは何かを察したようで、唇を噛んで宙を睨んだ。

「こんなになるまで誰も気付かなかったんですか?」

医師の責めるような口調にバーナビーもまた、視線を落とす。

「とにかく、点滴治療しながら検査を行いますのでどなたか家族の方へ連絡をお願いします」
「…分かりました。家族へは俺が連絡を入れますので、虎徹のことを頼みます」

静かに頭を下げるアントニオの横でバーナビーは呆然としたまま、自身の不甲斐なさに唇を噛みしめた。






診察室を出たアントニオが携帯を取り出し、どこかへ電話し始めるのをぼんやりと見つめながらバーナビーは今までの虎徹の様子を思い返していた。
いつから虎徹の身に異変が起きていたのか…。

(あれほど彼の側にいて、彼のことを見ていたはずなのに)

「もしもし、ご無沙汰しています。アントニオです」

どうやら電話の相手は虎徹の家族のようで、バーナビーもそちらへと耳を傾ける。

「虎徹のことなんですが‥。いや、ケガをしたとかそんなんじゃないんです。ただ、どうやら十分に食事が取れていなかったようで‥」

彼にしては珍しく、奥歯にものがはさまったような物言いでバーナビーはどこか引っかかりを覚える。

「ああ、はい。多分、前と同じ状態かと」

苦い顔で頷くアントニオはバーナビーの知らない何かを知っているようだった。

「そうですね。余計な心配かけるのをあいつは嫌がりますから、しばらく俺達に任せてもらってもいいですか?」

通話相手は誰なのだろうか、はやる気持ちを抑えて会話が終わるのをバーナビーはひたすら待ち続ける。

「はい。何か分かればすぐに連絡をしますんで」

通話を終了したアントニオはバーナビーへ向き直った。

「お前には話しておかなきゃならないことがある」
「虎徹さんのことですね」

黙ってアントニオが頷く。

「さっき、あなたは『俺達に任せて』と、そう言った」
「……」
「それは僕にも関わりがあるってことですよね」
「そうだ」
「僕は虎徹さんのことを何も知らない」

忌々しげに吐き出したバーナビーはアントニオをきつい目で見上げた。

「教えて下さい。彼の過去に何があったんです?あなた達の間にはどんな関係があるんですか?」

クールな若者の思わぬ熱い一面に戸惑いながらも、アントニオは安堵していた。
今まで一人で背負ってきた十字架をこれで誰かと分かちあえる。
そう思うと、一抹の寂しさはあるもののアントニオの気持ちは軽くなった。

「俺も少々、疲れたんだろうな」
「ロック・バイソンさん?」
「あいつの過去に何があったか、全部話すから聞いてくれ」

真剣な面もちで見つめられ、バーナビーは力強く静かに頷いた。









つづく


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