捧げものと企画文

□愛の唄
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※葭葉さまへ捧げます




時刻はちょうど午後7時を回ったばかり。
夕食時ということもあり、シュテルンビルトでも評判の高級レストランはディナーを楽しむ客で賑わっていた。

その喧騒から少し離れた予約席で、バーナビーは目の前の空席を見つめ、軽くため息をついている。
先ほどから落ち着かない様子で何度も腕時計を確認していた彼は、やがて諦めたように窓の外に広がる夜景に目を向けた。

(遅いな、虎徹さん‥)

連絡ツールであるはずの携帯電話とPDAが鳴らないということは、今この街が平和な証拠だ。
なのに、虎徹が姿を見せる気配は一向にない。
遅刻常習犯の彼のことだ。
また何かトラブルに巻き込まれて身動きが取れないのかもしれない。
そう思い直して、バーナビーはもう少しだけ彼を待つことにした。




本来なら今頃、彼はこのレストランで虎徹と夕食を共にしているはずだった。
一度引退した彼らが再びヒーロー界に復帰したのは約一ヶ月前のこと。
バーナビーはもう一度虎徹とコンビを組みたいと2部リーグでの活動を希望したが、周りがそれを許さなかった。
元KOHの復帰は視聴率アップに繋がるからとアニエスに説得され、半ば押し切られるような形で二人は1部リーグと2部リーグにそれぞれ引き離されたのだ。

1部と2部では扱う犯罪も仕事内容も違う。
ましてや、人気者のバーナビーは復帰後すぐに多忙な生活を送るようになり、虎徹と会うこともままならなくなってしまった。
会って話したいことは山ほどある。
それが出来ないジレンマに悩まされながら、ようやく時間を作り出したというのに。

「あのー、お食事の準備はいかがいたしましょうか?」

恐る恐る声を掛けてきたウェイターにバーナビーは再び、時計を見た。
約束の時間からすでに一時間は経過している。
これ以上は待てないと判断して、彼は静かに席を立った。

「すいません。申し訳ありませんが僕はもう帰ります」
「では、お連れ様は?」
「支払いは済ませておきますので、連れが来たら僕は帰ったと伝えて下さい。食事をどうするかは彼に聞いてもらえますか?」
「承知しました」

人目に付かないよう足早に店を出たバーナビーは、二台あるエレベーターの右側に立つと地下駐車場へと向かうべく降下ボタンを押した。
チン、と軽やかな音がしてエレベーターのドアが開く。
バーナビーが乗り込みドアが閉まると同時に隣のエレベーターが到着する。
入れ違いに開いたドアからは息を切らした虎徹が飛び出した。

「やっべー、すっかり遅れちまった!バニーの奴、怒ってんだろな」

たった今、バーナビーを乗せたエレベーターが下へ降りていったことなど知らない虎徹は慌てて店へと駆け込む。
そこでウェイターから彼がついさっき店を出たと聞き、思わず天を仰いだ。

「で、お客様はお食事は‥」
「悪いけど、俺も帰るわ」

きびすを返して、急ぎ虎徹はバーナビーの後を追った。
今降りたばかりのエレベーターに飛び乗り、閉ボタンを連打する。
予想通り、地下駐車場で見慣れた後ろ姿を見つけた虎徹は大声で彼を呼び止めた。

「おい、バニー!」
「…虎徹さん?」
「悪ぃ、遅れちまって」

バーナビーが振り返ると虎徹が手を振りながら近づいて来るのが見えた。

「もう来ないかと思ってました」
「んな言い方はねーだろ」

一瞬立ち止まり掛けたバーナビーが再び歩き出す。

「だから悪かったって。おい、バニー!」

歩みを止めないバーナビーの腕を慌てて虎徹が引くが、彼は振り返りもしない。

「もういいです。今日は帰ります」
「話聞けって。ここに来る途中で泣いてる男の子がいてよ。理由を聞いたら散歩してた飼い犬がいなくなったって言うからさ」
「……」
「一緒に探してたら遅くなっちまったんだよ」
「‥それなら連絡くれればよかったのに」
「そん時ゃ、必死でさ。んな暇なかったんだよ」

済まなそうに言い募る虎徹にバーナビーがようやく振り向いた。

「あなたにとって、僕との約束なんてその程度のものなんですね」

虎徹の目が驚いたように見開かれる。
そんな事を言われるとは思ってもいなかったという表情はいかにも彼らしくて、バーナビーは苦笑した。

「誰もそんなことは言ってないだろ!」

困惑と苛立ちも露わに虎徹が声を荒げる。

「第一、目の前に困ってる人がいたら助けるのが俺達ヒーローの‥」
「そんなこと、言われなくても分かってます!僕だってヒーローなんですから!」
「だったら、」
「僕が言いたいのはそんなことじゃない!」
「ぐっ‥」

突然激昂したバーナビーに襟首を掴まれ、ダン!と勢いよく駐車場の壁に押しつけられた虎徹は低く呻いた。

「確かに、僕もあなたもヒーローです!」
「‥バ、ニー‥?」
「だからこそ僕は‥あなたと過ごす時間も大切にしたいのに」
「…なに言って」

スッと手を離したバーナビーは悲しげに笑った。

「あなたは僕の気持ちなんて何にも分かってないんだ」

コツコツコツ、ブーツの靴音がゆっくりと遠ざかってゆく。
引き止めることができずに、虎徹はその背中をただ黙って見送る。

「‥っだ!俺の方こそ、訳わかんねーよ!」

きつく唇を噛み締め、たたずむ虎徹のすぐ傍をバーナビーの運転する愛車が猛スピードで走り去った。





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