捧げものと企画文

□そして天使は舞い降りた
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※リク主様へ捧げます




―父のような男にはなるまい


覚めない夢など無いということを、ユーリ・ペトロフは実の父親から学んだ。
ヒーローであった父、レジェンドがその事実を受け入れられずに堕ちてゆく様を間近で見ながら、彼はいつしか自分の正義を貫く道を選択することとなる。



―レジェンドのようなヒーローになりたい


その力は人を助ける為にあるのだと、かつてそのヒーローは虎徹に教えてくれた。
自分もヒーローになれる。少年の憧れはいつしか現実のものとなり、彼もまた己の正義を貫く道を歩き始める。


そんな、本来なら交わることのない二人の人生が交差したのは運命のいたずらとしか言いようがない。
殺人犯として追われる身となったワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹をユーリが拾ったのは、昨日の夜の出来事だった。
仕事帰り、彼の運転する車の前にフラフラと飛び出してきた虎徹を放っておけずにユーリは自宅へと連れ帰ったのだ。
幸い空き部屋はいくつもあり、ここでなら誰にも見つかることなく彼を匿うことは出来る。
己の行動に疑問を抱きながらも、今はただ眠り続ける虎徹の目覚めをユーリは待った。





「ん…」

やがて身動ぎした虎徹がゆっくりと目を覚ます。

「気がつきましたか?気分はどうです?」
「…ここは?」
「私の自宅です。私の車の前に飛び出してきたあなたを連れ帰ったのですが‥覚えていませんか?」
「悪い。何も‥」
「そうですか。一応、あなたは犯罪者として追われているので居場所を特定されないよう、PDAは処分させてもらいました」
「俺が‥犯罪者?」
「それも覚えていないと?」

首を傾げたユーリを虎徹は怪訝そうに見つめた。

「あの、あんたは俺の知り合いなのか?」
「……」
「俺はいったい誰なんだ?」

時として、天は人に残酷な試練を与える。
あれほどヒーローとしての己に誇りを持っていた彼、ワイルドタイガーは失われた記憶と共に消え失せてしまったようだ。

「‥残念です。一度あなたとはじっくり語り合いたかったのに」

伸ばした右手の指先で頬をなぞれば、怯えたように虎徹は身を竦ませた。

「‥あんたヒーローなのか?」
「なぜそんな事を聞くんです?」
「だって、俺は追われてたんだろ?」

後退りかけた体が小刻みに震えている。

「恐いんですか?ヒーローが‥」

小さく頷いた彼はもはやユーリの知るワイルドタイガーではなかった。



「あなたは鏑木・T・虎徹。ワイルドタイガーとしてヒーローをしていました」
「俺が‥ヒーロー?」

追われている最中に負ったと思われる全身の傷の手当てをしてやりながら説明すると、虎徹はまた顔を歪めた。

「でもさっきあんたは俺を犯罪者だって言ったよな?」
「ええ」
「犯罪者の俺がヒーローだって?そんなのおかしいじゃねえか」
「‥報告では、あなたは殺人を犯したことになっています」

驚いた虎徹が目を見開き、息を飲んだ。

「‥ちがう。俺は人を殺したりなんかしない」
「真実が何か、正義がどちらにあるのか私には分かりません」

ユーリの強い口調にビクッと体を震わせ、虎徹はベッドの上で後ずさる。

「ですが、私には信じられないのです。私の知るあなたは殺人を犯すような人間ではない」

己を見据えるユーリの瞳はまるで何もかもを見透かすように、静かで冷たい。
だが、同時にその瞳に敵意のないことを感じとり、虎徹は安堵した。

「…俺はここにいていいのか?」
「偽りの正義であなたを失うわけにはいかないので。真実が明らかになるまでここにいればいいでしょう」
「えっと、あの‥ありがとう」
「礼は必要ありません。私は私の思う正義に従って動いているだけですから」
「けど、今の俺にはあんたしか頼る人はいないから‥」

俯き気味に呟いた彼の声は弱々しく、ユーリは意外な一面に驚いた。
記憶を無くして不安なのは理解できるが、これほどまでに人が変わるものなのか。

力なく揺れる瞳に、逃走中に負った彼の心の傷の深さを思う。
仲間に忘れられた上に信じてもらえず、殺人犯として追われたことは記憶のない今でも恐らくトラウマのように虎徹を苦しめているのだろう。

「なんて呼べばいい?」

遠慮がちに問われてユーリは苦笑した。

「私はユーリと言います」
「ユーリ‥さん」
「ユーリで結構です。それで、私の方は何と?」
「俺も虎徹で構わない」
「では、よろしく‥虎徹」


―こうしてユーリと虎徹の奇妙な共同生活は始まりを告げた。




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