本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!2
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閉店間際の店内に、カランカランと来客を告げるベルの音がする。

「いらっしゃいませ‥て、なんだお前か」

いつものようにレジ横の定位置から顔をのぞかせた虎徹は、がっかりした口調で吐き捨てた。

「相変わらず失礼な奴だな。こう見えても、俺は客だぞ」
「ハイハイ、イラッシャイマセ。ナニをオサガシですか?」
「お前なあ!」

まるっきり棒読みのセリフに声を荒げた親友を見て、虎徹がクスリと笑う。

「冗談だって。んな怒るなよ、アントニオ」
「ったく…」
「いつものだろ?ほら、とっくに届いてるぜ」

手渡された雑誌を受け取るとアントニオと呼ばれた男は財布を取り出し、代金を支払った。

「毎度あり〜」
「なあ、虎徹」

レジに代金を仕舞い終わるのを見計らって掛けられた声に、虎徹が振り返る。

「ん?」
「まだ、絵は描いてないのか?」
「あー、まだ…な」
「いい加減、この売れない本屋だけじゃ生活も大変なんじゃないのか?」
「‥大きなお世話だよ」

ぶっきらぼうに返された返事に肩を竦めてみせた彼は虎徹の昔からの幼なじみだ。
若かりし頃、共に無茶もしたこの男が高校教師になったと聞いた時は悪い冗談だと思ったものだ。
なのに、それが今ではすっかり教師という職業が板についている。
元々、真面目な性格だったからなと過去を振り返りながらアントニオを見た虎徹は「あ!」と声を上げた。

「そうだ、お前んとこの高校にさ」

現在、彼の勤務先が店の近くの高校だったことを思い出し、虎徹は身を乗り出した。
先日、店で出会ったバーナビーという青年について彼なら何か知っているかもしれない。

「バーナビーっていう生徒がいないか?眼鏡を掛けてて金髪で、こう、ツンとスカした感じの‥」
「ああ、バーナビー・ブルックス Jr.のことか?」
「なんだ、知ってんのかよ」
「あいつなら、つい最近転入してきた俺のクラスの生徒だが、どうかしたのか?」

不審気に問い返されて虎徹はうーんと口を尖らせた。

「こないだうちの店に来てな、見かけない顔だなあと思って声を掛けたわけよ」
「へー、で?」
「余計なお節介はやめて下さいってピシャリと返された」
「…だろうな」

その光景を想像したのか、アントニオが苦笑する。

「なんか、こいつ訳ありなんだろうなって、そう思ったら気になっちまって」
「‥お前は、相変わらずだな。そういう所はちっとも昔と変わってない」

昔からお節介焼きの虎徹は誰彼かまわず、世話を焼きたがる。
そして、その懐の深さに惹かれて集まった友人知人は数知れず。
アントニオもまた、その一人なのだがここに店を構えてからもそのスタンスは変わらず、虎徹に会いに店を訪れる生徒達は後を絶たない。

そんな彼が寄りにもよってバーナビー・ブルックス Jr.に興味を持ったという。
これはきっと、神様か何かの思し召しか。

「あんまり生徒の個人的な事情をベラベラ喋るのもどうかと思うんだが‥」

少し間を置いて、アントニオはゆっくりと話し始めた。

「あいつ、ちょっといろいろあってな」
「いろいろって?」
「何て言うか、こう、複雑な家庭環境でな」

ふーん、と相槌を打った虎徹は不意に立ち上がると店の入り口のシャッターを下ろしに行った。

「幼い頃に両親を事故で亡くしてるんだが、その後、親戚の家を点々としてて。まあ、どこの家でも折り合いが悪かったらしくてな」
「んで、親戚中をたらい回しか?」
「そういうことだ」
「なるほどな‥」

そういうことなら合点が行く。
あの警戒心は虎徹に向けられたものではなく、世の中の大人達全てへと向けられたものだったのだ。

「そんなバーナビーの境遇を見かねて彼を引き取ったのが、両親の友人だったというマーベリックさんだ」
「ああ、そう言えば年配の男が迎えに来てたな」
「幼い頃から家にもよく遊びに来てたらしくてな、唯一あいつが信用している大人が彼のようだ」
「ふーん‥」
「あいつの人間不信、ていうか、大人への不信感は根深いぞ」

だろうな、と呟いた虎徹は何やら考え込むように目を閉じた。
バーナビーの失ったものはきっと、計り知れないほど大きなものに違いない。
当然、与えられるはずだった親からの愛情や、人が生きていく上で学ぶべき他人との絆や信頼関係の結び方など…。

(それらを全て知らずに生きてきたのだとしたら…)

「そりゃ、あんな風に自分の殻に閉じこもっちまうわな」

大事なものを失う辛さを十分に理解しているからこそ、今のままではいけないと虎徹は思う。

「バーナビーの担任として頼む」
「なんだよ、改まって」
「あいつの力になってやってくれ」

目の前で頭を下げる親友の顔はすっかり教師のものだ。

「頼まれるまでもねーよ。俺のお節介焼きは筋金入りだからな」
「…そうだったな」

へらりと笑う虎徹にアントニオもまた、笑い返した。

「どうだ、虎徹。今夜一杯やらねーか?」
「いいねえ。もちろん、お前の奢りなんだろうな?」
「ったく、しょーがねえな。今回だけだぞ」

虎徹が店仕舞いするのを待って、二人揃って外へ出る。
ヒンヤリとした外気に空を見上げると、夜空にきれいな満月が浮かんでいた。

「…あいつも今、この空を見てるといいな」
「ああ、そうだな」

並んで歩き始めた彼らを、ただ月がじっと静かに見下ろしていた。












※アントニオは幼なじみで高校教師という設定だったりする


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