本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!3
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小さな書店の入り口から、いつものようにカランカランと来客を告げるベルの音がする。

「いらっしゃいませ」

これまたいつものようにレジ横から顔をのぞかせた虎徹は、読みかけの本をパタンと閉じた。
来客は先日、教師である友人から身の上話を聞かされたばかりのバーナビー・ブルックス Jr.だった。
制服に身を包んだ彼はやはり、一見するとモデルにしか見えない。
透けるような肌に色素の薄い金の髪、そして眼鏡の向こうに見える瞳はエメラルドグリーン。

(きっと女生徒にモテるんだろうな)

そんなことを考えながら、虎徹は見るともなしにぼんやり彼を見ていた。

「あの、」

不意に相手から話し掛けられ、へ?と間抜けな声が出る。

「気が散るんで、ジロジロ見るの止めてもらえませんか?」
「ああ、悪い」

棘のある物言いだが、無視されるよりは悪くない。
そう思って、虎徹は口元を緩めた。

「いや、お前、すんげーキレイだと思ってさ」
「はあ!?」
「つい、見とれちまった」

思ったことをすぐ口に出してしまうのは虎徹の長所であり、短所でもある訳なのだが。

「僕は男です!」
「うん、それは見りゃ分かる」
「…あなた、僕をバカにしてるんですか!」
「んなつもりはねーんだけど…」

顔を真っ赤にして怒る様子にこれは地雷だったかな、と後悔してももう遅い。

「お前さあ、その外見気にしてんの?」

黙り込んで視線を逸らす相手に図星かと悟る。

「確かに目立つもんなあ。イジメられたりとか、ずいぶん苦労もしたんじゃねーの?」
「…あなたには関係ありません」
「まあ、そうなんだけどよ」

困ったように頭を掻く虎徹を見ないまま、バーナビーが小さく吐き捨てた。

「アントニオ先生と友達なんですってね」
「…あいつが話したのか?」
「ええ、何か困ったことがあれば自分達に相談しろと‥」
「そっか」

次の瞬間、スッとバーナビーの顔から表情が消えた。

「なら、僕の過去や生い立ちなんかも全部聞いたんでしょ?」
「ん、まあな」
「僕は同情なんていりませんから」

感情を押し殺してキッパリと言い切る姿はとても高校生には見えない。
けれども、虎徹はそれがバーナビーの偽りの仮面だと見抜いていた。
だから、彼が強がったところで、まるで気位の高い猫に手を出して猫パンチを食らったくらいにしか感じていない。
フーフーと威嚇する毛並みまで見えてくるようで、虎徹は思わず、くしゃりと彼の頭を撫でていた。

「バーカ。同情なんてしてねーよ」
「なっ‥」

慌てて手を振り払ったバーナビーは虎徹を睨み上げた。

「俺はお節介焼きだけど、相手に同情したことはねーな」
「……」

その視線を真っ正面から受け止めながら虎徹は笑う。

「あのなあ、人それぞれ生きてりゃいろんな事があるんだよ。けど、それを選んできたのはそいつの責任だ」
「…‥」
「誰のせいでもないし、俺が同情したところでそいつは救われねーだろ。違うか?」

バーナビーの瞳が見る見るうちに見開かれ、戸惑いの色を浮かべ始める。

「お前が今まで出会ってきた大人達がどんなだったかは知らないけどよ。もちっと肩の力抜いて、他人に頼ってみてもいいんじゃね?」

揺らぎ始めたグリーンアイズが虎徹の琥珀色の瞳と交わった時、再び店内に来客を告げる呼び鈴が鳴り響いた。
ハッと我に返ったバーナビーは虎徹に背を向けると、書棚へと手を伸ばす。
彼がその場から逃げなかったことに安堵しながら、いらっしゃいませと虎徹もまた客を迎え入れた。

「ねえねえ!ちょっと聞いてよタイガー、イワンったら‥」
「ああ、カリーナ言わないでよ!」
「こんにちは、タイガーさん!」

賑やかにベルを鳴らしながら入って来たのは、バーナビーと同じ高校の制服を着たカリーナ、イワン、パオリンの三人だった。
彼らもまた、この小さな本屋の常連で何かあれば揃って店を訪れている。
ただし、客というよりは暇つぶしといった方が当てはまりそうだが。

「あら、バーナビーじゃない」

最初にバーナビーに気づいたカリーナが怪訝そうに彼を見た。

「なんだ、知ってんのか?」
「知ってるもなにも、クラスメイトだもの」
「そうそう、こないだ転校してきたとかでね、ボクらと同じクラスになったんだ」
「そっか、そいつは気の毒にな」

おどけた口調でそう言われた三人が口を尖らせ、それを見た虎徹は楽しそうに笑った。

「ねえ、バーナビー。あんた、いつの間にタイガーと知り合ったの?」

肩まで伸びた金髪を揺らしながら、カリーナはバーナビーの顔をのぞき込んだ。
その両隣、パオリンはボーイッシュな顔立ちそのままに目をくりくりさせ興味津々といった様子で、そしてイワンは少女達に圧倒されながらも同じ同性として心配そうに事の成り行きを見守っている。
やがて、カリーナに詰め寄られたバーナビーが恐る恐る口を開いた。

「‥すいませんが、タイガーさんって誰なんですか?」
「はあ!?」

てっきり二人が顔見知りだと思い込んでいたカリーナは思いっきり吹き出した。

「なんだ、またタイガーのいつものお節介ってやつ?」
「あの‥?」

困惑した表情を浮かべるバーナビーにイワンが事情を説明する。

「タイガーさんはほら、目の前のこの人のことですよ。ここの本屋の店長さん」

言われて見上げた視線の先で、やはり虎徹は笑ってバーナビーを見つめていた。

今更ながらじっくりと目の前の男の顔を眺めてみると、やや浅黒い肌に特徴的な顎髭をたくわえた彼は自分よりもはるかに大人に見える。

「そういえばまだ名前も名乗ってなかったな。俺は虎徹(コテツ)、虎徹のコは虎という字を書くんでタイガーって呼ぶ奴も多いんだけどな」
「…僕は」
「バーナビーだろ。てか、そんな興味なさそうな顔すんなよ。いくら俺でも傷つくぞ」

苦笑しながら言われたバーナビーが目を伏せる。

「あー、でもなんか言いにくいんだよなあ、バーナビーって」
「は?」

次の瞬間、虎徹の口から飛び出したとんでもないあだ名にバーナビーは激怒し、他の三名は爆笑の渦に包まれることとなる。



「んな怒るなよ〜!」
「勝手に変なあだ名をつけないで下さい!!」
「待てよ、バニー」
「僕はバニーじゃない!バーナビーです!!」

背中を向けたバーナビーに注がれる虎徹の眼差しはどこまでも優しく、そしてそんな二人を見守るカリーナ達の視線もまた温かかった。











※カリーナ、イワン、パオリンの三人はバーナビーの同級生です(笑)


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