本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!4
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別に彼に会いに行く訳じゃない、と何度も自分に言い聞かせながらたどり着いた店先はシャッターが閉まっていた。
思わずため息を漏らしたバーナビーだったが、「本日、臨時休業」と書かれた手書きの貼り紙が目に入る。

「今日は休みなのか…」

放課後、学校が終わると同時に何となく足がこちらに向いてしまった、なんて認めたくはないけれど。
この小さな本屋の店主が気になっているのは本当のことだ。

先日、訪れた際には変なあだ名をつけられ、そのやり取りを見ていた級友達には笑われ、散々な目にあった。
その日は確かに腹立たしくてもう二度と訪れるものかと思ったものだが、後になって考えてみるとあんなにも感情をストレートに吐き出したのは初めてのことだった。
何か嫌なことがあっても表情に出してはいけない。
そう、感情を押し殺して今までバーナビーは生きてきた。
そうしなければ彼の居場所はなかったからだ。

(誰も僕の本当の気持ちなんて分かろうとはしてくれなかったから…)

親を亡くしたバーナビーを引き取った親戚の人達は最初はとても親切で、腫れ物に触るように彼に接してくれた。
だが、幼いバーナビーがいつまでも悲しんでいると次第に困った顔をするようになり、暗に明るく振る舞うことを要求してくる。
自分が悲しみの感情に蓋をし、よい子を演じていればすべて上手くいく…。
そう学んだ小さな子供は心に壁を作り、いくつもの仮面をまとう術を身につけた。
引き取り先が変わる度に今度こそは受け入れてもらえるかもしれないと期待をし、そしてまた裏切られる。
親戚の家を転々と渡り歩くうちにいつしか希望は潰え、バーナビーは喜怒哀楽の感情を出さない無口な子供というレッテルを貼られてしまっていた。

『かわいそうにねぇ』
何度も繰り返された言葉が頭の中に蘇る。
その度に自分は同情なんていらないのにと、そう思っていた。

そんな過去があるからこそ…。
あんな風に何の気負いもなく、自然体で接してくれた虎徹がバーナビーの目には新鮮に映ったのかもしれない。



しばらくぼんやりと立ち尽くしていたバーナビーだったが、やがて店に背を向け歩き始めた。
その時だった。

「おーい!」

遠くの方で彼に向かって手を振る人影が小さく見える。
その人物はバーナビーが再び立ち止まると、手を振りながら駆けてきた。
息を切らせながらいつもの笑みを浮かべる虎徹に、バーナビーは呆れたように目を細める。

「そんなに急がなくても構いませんよ」
「いや、だって‥せっかく来てくれてんのにさ‥」
「別に僕は‥」

わざと素っ気なく振る舞おうとして失敗したのか、バーナビーはそっぽを向いた。

「…今日は休みだったんですね」
「ん?ああ、娘の学校の参観日だったんだ」

意外な言葉にバーナビーの目が見開かれた。

「な、なんだよ?」
「いえ、あなた、結婚して子供までいたんですか?」
「おまっ!…ああ、そうだよ。悪かったな」

頭を掻きながら肩を落とす目の前の男と自分の中の父親像が結びつかなくて、バーナビーは混乱したように更に目を見開く。

「はあー、俺ってそんなに落ち着きない奴だって思われてんのかな…」
「あ、いえ、そういうつもりじゃ」
「いいよ、気にすんな。どうせ、いつも言われ慣れてることだ」

苦笑した虎徹は服のポケットに手を突っ込むと、小さな鍵を取り出した。
そしてしゃがみ込み、慣れた手つきでそれをシャッターの鍵穴へと差し込んだ。
言われてみれば確かに、その左手薬指には銀色の指輪がはめられている。

「でも、わざわざ参観を見に行くなんて、教育熱心なんですね」
「んー、うち、母親がいないからな」
「え?」
「5年前に病気で死んだんだ。だから、参観とかそういう学校行事は俺が出てる」

サラリと告げられたセリフと後に続いた言葉は更にバーナビーを驚かせた。

「家はこの店の近くにあるんだ。普段はおふくろが見てくれてんだけどさ、やっぱ任せっきりって訳にもいかねーだろ?よいしょ、と」
「……」
「それに、今あいつ9才なんだけど女の子だからさ、学校のこととか聞いても話してくれないし。こういう機会でもないと、学校での様子も分かんないしなあ」

ガラガラとシャッターが開いてゆくのとは対照的に、バーナビーの視線は下に落ちてゆく。

「ん?どした?」
「…あの、すいません」

小さな声で呟くバーナビーの頭を虎徹は優しく撫でた。

「だから、気にすんなって。お前だって嫌だったんだろ、そういうの」
「…っ」

ハッと顔を上げたバーナビーは込み上げてくる苦いものを飲み下すように、再び目を伏せた。

「さてと、何か欲しい本でもあったのか?」

それとも、と悪戯っぽく笑った虎徹は片目をつむり、己を指さす。

「俺に会いに来たとか?」
「なっ!?違います!」

途端に赤くなったバーナビーが店のドアに手を掛けた。

「前に薦められた参考書を探しに来ただけです!」

勢いよくドアを開けると、静かだった店内にベルが鳴り響いた。
開店準備がまだだったのか、いつもと違い店の中は雑然としている。

「ちょっと待ってろ」

足の踏み場もないほど山積みにされた荷物をかき分け、虎徹は店の奥に姿を消した。
やがて店内の明かりがつくと、バーナビーは周りをゆっくりと見回した。

「あっ」

キョロキョロとせわしなく動いていたバーナビーの瞳が、絵本のコーナーでその動きを止める。
ある一冊の絵本に彼の視線は釘付けになった。

「なんで…ここに‥」
小さく呟いた彼は震える手で『お月さまみつけた』と書かれたその本を書棚から取り出し、大事そうに抱き締めた。





「悪いな、散らかってて。参考書は確かこれだったよな…?」

参考書を片手にバーナビーの元へと戻ってきた虎徹は、尋常でない様子の彼に歩みを止めた。

「それって」
「‥僕の大好きな本なんです」
「……」
「死んだ母さんが寝る前によく読んでくれました」
「…そっか」

ためらいがちに話を続けるバーナビーに、虎徹は黙って耳を傾ける。

「大事にしてたのに、親戚の家を転々としてる間に無くしてしまって…。ずっと探してたんです」
「そっか…。見つかってよかったな」

相槌を打っていた虎徹が静かに笑うと、バーナビーは黙って頷いた。

「よし!その絵本はお前が持って帰れ」
「え?それは、」
「参考書のお代は頂くとして、そいつは俺からのプレゼントだ。て言うか、きっとそいつもお前に出会えるのを待ってたんじゃないかな」

ロマンチックなセリフなどおよそ似合わないはずなのに、虎徹の言葉は自然とバーナビーの胸に染み込んだ。


結局、押し切られるような形で絵本を手にバーナビーは家路についた。
今は思い出の品との再会で頭が一杯の彼が、その作者の正体を知るのはまだ先のことである。








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