本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!5
1ページ/1ページ






虎徹と別れて自宅に戻ったバーナビーはさっそく絵本を取り出すと、懐かしい表紙をそっと開く。
優しい絵柄のイラストで描かれたその絵本は、彼の誕生日に父親が買ってくれたものだった。
ゆっくりとページをめくりながら、バーナビーは物語を声に出して読み始めた。



『…むかしむかし、あるところに ちいさなおんなのこがすんでいました。

おんなのこは だいすきなおとうさん、おかあさんと さんにんで なかよくくらしていましたが、あるひ おかあさんがびょうきになってしまいました。

おんなのこもおとうさんも、いっしょうけんめいかんびょうしましたが おかあさんのびょうきは ちっともよくなりません。

かなしむおんなのこに おかあさんはいいました。

「あのね、おかあさんはしんだら つきへいくの」
「つきって、おつきさまのこと?」
「そうよ。だから、おかあさんがしんでも かなしむことなんてないの。もしも あいたくなったら、つきをみあげて。おかあさんは いつでもそこにいるから。ずっと あなたとおとうさんをみまもってるから」

やがて おかあさんはいなくなりました。

あるひ、さみしくなったおんなのこが よぞらをみあげると、まあるいおつきさまがでていました。

「あっ、おかあさん」

よくみると、おつきさまのなかで おかあさんがおんなのこに わらいかけているではありませんか。

ほんとうに おかあさんはおつきさまにいるんだ。

うれしくなったおんなのこは おつきさまにむかって、てをふりました。
えがおで なんどもなんども、てをふりました。』



優しい声で繰り返し、何度も読み聞かせてくれた母親はもういない。
悲しみに打ちひしがれた時、バーナビーは絵本を抱き締め、見上げた夜空に月を探した。

(もう一度、出会えるなんて…)

絵本を無くしたと気づいた時はあまりのショックにもう、立ち直れないとすら思ったほどだ。
それほどまでに、バーナビーにとってこの絵本は両親との思い出が詰まった大切な品だったのだ。

本を閉じると、大事そうに胸にしっかりと抱き締める。

『きっと、そいつもお前に出会えるのを待ってたんじゃないかな』

ふと、虎徹の言葉が脳裏に蘇った。

「ちゃんとお礼、言わなくちゃな…」

呟いて、バーナビーは窓から夜空を見上げるのだった。





所変わって、こちらは居酒屋のカウンター。
アントニオからの呼び出しに応じた虎徹は焼酎を煽っている。

「今日もお前の奢りなんだろうな」
「お前なあ、人の懐を当てにし過ぎだぞ」

目の前に置かれた突き出しを摘みながら、アントニオはジョッキに注がれたビールを飲み干した。
そんなふうにして、しばらくは他愛のない会話を続けていた二人だったがやがて、アントニオが静かに切り出す。

「なあ‥」
「ん?」
「バーナビーのやつ、少し明るくなったな」
「‥そっか」

答えて虎徹は口元を緩ませた。

「俺はお前のおかげだと思ってるんだがな」
「おいおい、よしてくれ。俺は何もしてねーよ。バニーは元々、素直で明るい奴なんだって」
「バニー?」
「ん?ああ、バーナビーって呼びにくいだろ?だから、バニー」

クールな彼が聞いたらどんな顔をするのだろうか。
あまりにイメージからかけ離れた愛称に、アントニオはたまらず吹き出した。

「それ、あいつは知ってんのか?」
「こないだ本人の前で呼びかけたけど…」
「マジか!?よくあいつが許したな」

感心したような口振りに虎徹は慌てて首を振った。

「いーや。そりゃ、こっぴどく怒られたさ」
「だろうな…」
「別に愛称くらいで、んな目くじらたてることねーのにな」
「…お前らしいな」

クスクス笑うアントニオを一睨みして、虎徹は口を尖らす。
俺はさ、と続く彼の言葉をアントニオはしばらく待った。

「俺はただ、あいつの宝探しを手伝っただけ‥かな」

意味深な言葉に首を傾げながらも、きっとバーナビーにとってはいい方向に進んでいるのだろう。
そう解釈して、アントニオは胸の内でそっと虎徹に礼を述べた。

「ところで、お前の方はどうなんだ?」
「……」
「あれからもう5年になるのか‥」
「そうだな‥」
「まだ、ダメか?」

何気ない風を装って聞かれた問いかけに、虎徹は答えることが出来なかった。

「人にエラそうなこと言ったところで、結局は俺だって自分には甘いんだ」
「虎徹…」
「もうそろそろ、前に進まなきゃなんないんだろうけどなあ」

苦しげに吐き出された虎徹の本心に、アントニオはそれ以上もう、何も言えなくなるのだった。









.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ