本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!6
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カランカランといつものように来客を知らせるベルの音がして、虎徹は読みかけの本から顔を上げた。
いつもの癖で見た腕時計の時刻は世間様で言うところのおやつタイムだ。

「いらっしゃいませ」

のぞき込んだ入り口にカラフルなショッキングピンクが見え隠れしている。
それに気づいた虎徹が溜め息をついた。

「…なんだ、ネイサン。お前か」
「なによう、そんなにあからさまな溜め息つかなくてもいいじゃない」
「ったく、相変わらずだなあ」

浅黒い肌にピンクの短髪、加えてド派手なピンクの衣装に身を包んだ人物は「もう!」と体をくねらせ近づいてくる。

「…そう言うアンタもね、タイガー。案外、元気そうじゃない」
「おかげさんでな」
「ますますアタシ好みのいいオトコになったわね」
「褒めてもらっても何も出ねーぞ」
「あら、褒めてないわ」

口説いてんのよ、と耳元近くで囁かれた低音の響きに虎徹は慌てて体を後ろに引いた。

「おまっ、俺にはソノ気はないぞ!」
「フン、冗談よ」

一見、立派な男性のように見えるネイサンは心は女性というオネエサマだ。
好きになった男性は数知れず、だが毎回猛烈なアタックをする割に上手くいった試しはないらしい。
ちなみに、彼女はこう見えて出版社のオーナーであり、時々気が向くと今日のように虎徹の店をふらりと訪れていた。

「はい、お土産」
「おっ、悪いなあ」
「アンタの好きなドーナツよ」

差し出された箱には虎徹お気に入りの店のロゴが入っている。

「俺、ここのドーナツ好きなんだよな。サンキュー」
「…まったく、調子いいんだから」

途端に顔を綻ばせた虎徹にネイサンは軽く苦笑した。

「ちょうどおやつの時間だし、一緒に食おうぜ」

そう言って、虎徹が箱から一つドーナツを取り出した時だった。
カランカランと再び来客を告げるベルが鳴り、ゆっくりと入り口のドアが開く音がした。

「っと、いらっしゃい」

反射的に虎徹が声を掛けるが返事はない。
ん?と視線を向けると、そこにはバーナビーがうつむき加減で立っていた。

「どうした、バニー?んなとこに突っ立ってないで入ってこいよ」
「…あ」

促されたバーナビーが顔を上げた途端、隣からの黄色い歓声が虎徹の耳をつんざく。
うるせー!と叫ぶよりも早く、ネイサンはバーナビーの手を握り締めていた。
これには虎徹も呆気にとられる。

(確かに今日のバニーちゃん、私服だもんな)

呆れたような目で見つめる虎徹ですら、ライダースジャケットを軽く着こなす彼はカッコいいと思うのだから。
ネイサンが舞い上がる気持ちも分かる気がする。

「アナタ、ハンサムねぇ」
「ちょっと!何なんですか!」

バーナビーの苛立ち混じりの声にハッと我に返った虎徹は、のんびりした口調で二人に話しかけた。

「なあ、お前らもドーナツ食わね?」






「なっ、ここのドーナツ美味いだろ」
「……」

口一杯にドーナツを頬張る虎徹をバーナビーは冷たい目で見つめている。
その口元もまた、もさもさと動いてはいたが。

「ねーねー、タイガー。この子、アンタの知り合い?」
「知り合いっつーか…」

興味津々に尋ねられ、虎徹は返答に詰まる。

「俺の店の客だ。ほら、近くに高校あんだろ?そこの生徒だよ」
「ふーん、高校生ねぇ」

そう言うと、ネイサンは値踏みするような視線でバーナビーを上から下までじっくりと見下ろした。

「アナタ、名前は?」
「…バーナビーです」

一応、年長者への礼儀はわきまえているのか、ボソリと答えたバーナビーにネイサンは微笑む。

「ねえ、バーナビー。雑誌のモデルやってみない?」
「は?」
「アナタ、ハンサムだし売れると思うの」

突然スカウトを始めたネイサンをバーナビーが胡散臭げに見つめ返す。
不機嫌な彼の様子に、慌てて虎徹が間に割って入った。

「おい、ネイサンやめろよ」
「なによタイガー、邪魔しないで」
「だからさ、こいつ高校生だって言ってんだろ」
「それが何だって言うのよ。別に学校辞めろって言ってんじゃないし、アンタには関係ない話でしょ」
「関係なくはないぞ、俺の店の客だからな。それに見ろ。バニーだって嫌がってる」

言われてバーナビーを見たネイサンは警戒心丸出しの表情に肩を竦めた。

「…ごめんなさい。アタシ、いいオトコ見るとつい興奮しちゃうのよね」
「それでいつも失敗すんだろ?」
「アンタねぇ…。そんなこと言うんならドーナツ返して」
「おま、一度もらったドーナツは返さねーぞ」

軽妙な二人のやり取りについて行けないバーナビーは先ほどから黙りこくったままだ。
それに気づいた虎徹が取りなすように、へらりと笑った。

「驚かしてごめんな、バニー。こいつはネイサンっつって、出版社の社長さん。俺の古い知り合いだ」
「そういうこと。よろしくね、ハンサム」
「…あの、僕の名前はバーナビーです」

冷ややかに返されて二人は思わず、顔を見合わせる。

「変なあだ名はやめて下さい」
「おい、ネイサン!お前がハンサム、なんて言うからバニーが怒っちまっただろうが」
「あなたもです、オジサン!」
「へっ?って、俺も?」
「だからそう言ってるでしょ。耳も遠いんですか?オジサンは!」
「…いや、お前こそ。オジサンはねーだろ」

バーナビーと虎徹の噛み合わない会話に、ネイサンがたまらず吹き出した。

「アンタ達、いいコンビねぇ」

彼女がそう言うと、バーナビーは迷惑そうに眉をひそめてそっぽを向いた。
そんな彼を見て、不意に虎徹が話を振る。

「ところで、お前さー、俺に何か用があったんじゃないのか?」

言われて本来の用件を思い出したのだろう。
あ、と口ごもったバーナビーは下を向いてしまった。

「ん?」
「あの…、いただいた本のお礼をちゃんと言いたくて」
「ああ、あれか。お前が喜んでくれたらそれでいいよ」
「でも、本当にありがとうございました」

虎徹をまっすぐに見つめ、ぎこちなく礼を言うバーナビーの表情は柔らかい。
うれしそうに笑いかけた虎徹は気にすんなって、と言いながら彼の頭を軽く撫でた。

「こ、子供扱いは止めて下さい!」

真っ赤になって拒絶する姿は子供にしか見えないけど、と思いつつ声には出さず、ネイサンはそんな二人を黙って見守る。
本当は彼女も虎徹に用があって来たのだけれど。

(まだ、その時期じゃなさそうね)

虎徹が笑っているのならそれでいい。
いつか、彼が自らの足で歩き出すまでは自分は静かに見守ろう。

「アンタ達が食べないなら、アタシが食べちゃうわよ」

ネイサンの一言でたちまち、ドーナツ争奪戦が始まる。

その日一日、小さな本屋に明るい笑いが絶えることはなかった。







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