本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!7
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足繁く通う気などサラサラない。
なのに、気づけば足は彼の店へと向かっている。

その日も心の中で何度も葛藤を繰り返しながら、バーナビーは小さな本屋を目指して歩き続けていた。

「ハンサムじゃない?」

不意に通りから掛けられた声に振り向くと、一台の派手な車が彼の側に横付けされていた。

「アタシよ、覚えてる?」
「あなたはこないだの…ネイサン、さん?」
「ネイサンでいいわよ」

中から顔を出したのは、先日店で出会った虎徹の知り合いとかいう人物だった。
派手な衣装に派手な外見、そして見た目に反してオネエサマな彼女のことは強く印象に残っている。

「オジサンの店に行くんですか?」
「残念だけど、帰るとこ。アンタは今から?」
「いえ、僕は別に…」

聞いてから失敗したなとバーナビーは思った。
これではまるで、自分が虎徹に会いに行くみたいではないか。

「乗りなさいよ。送ったげる」

思いを見透かしたような笑みを浮かべ、ネイサンが助手席側のドアを開ける。
仕方なく、バーナビーはゆっくりと隣の席に乗り込んだ。

「少しドライブしてもいいかしら?」

シートベルトを装着するやいなや走り出した車中でネイサンが尋ねた。

「一度アナタと話がしたかったの」
「…モデルの件ならお断りします」
「違う、違う。今日は仕事の話抜きだから心配しないで」

安心させるようにそう言うと、彼女はカーステレオから流れる音楽のボリュームを少し下げる。
そして、おもむろにこう切り出した。

「こないだのタイガーの店での様子が気になったもんだから。何があったのかしらって思っただけ」
「……」
「あんな風にうれしそうに笑うタイガー見たのは久しぶりだから」
「そう、なんですか?」

意外な言葉にバーナビーは驚いた。
まだ出会って日は浅いが、虎徹のイメージというと笑顔の彼しか思い浮かばない。

「いつもへらへら笑ってるのにって、そう思ってるんでしょ」
「ええ、まあ…」
「確かにそうなんだけど、それは本当の笑顔じゃないの」

内心の思いを言い当てられ言葉を濁すバーナビーにネイサンはらしくなく、顔を曇らせた。
何とはなくだが、彼女の言わんとしていることは分かる気がする。
確信はまだないが、自分が虎徹に興味を抱いたのもその辺りに理由があるとしか思えない。

「…本をもらったんです、オジサンに」
「本?」
「ずっと昔に無くしてしまった大事な本をたまたま店で見つけて。そしたら、オジサンがそれを僕にプレゼントしてくれたんです」
「そうだったの」
「ずっと探してたっていう話をしたら、きっとその本は僕に出会うのを待ってたんだろうって」
「タイガーらしいわね」

クスリと笑って、「意外とロマンチストなのよ、彼」とネイサンが言った。

「で、何て本なの?」
「本というか、絵本です。『お月さまみつけた』っていう…」
「…それって」
「どうかしましたか?」

不意に顔色を変えたネイサンにバーナビーが問いかける。

「タイガーが描いた絵本じゃない…」
「オジサンが?いったいどういうことなんですか?」
「タイガーから聞いてないの?」
「いえ、何も」
「そう…」

眉をひそめたネイサンの様子から、バーナビーも何かを感じ取ったのだろう。
口を噤んで続きを待った。

「あのね、彼の本職は絵本作家なのよ。今は本屋やってるけど、うちの会社からも何冊か本も出したことあるし…」
「……」
「まあ、タイガーはあんまりプライベートな話しないから知ってる人も限られてるでしょうけどね」

さらりと告げられた内容に二人の付き合いの深さが伺える。
そう言えば、とバーナビーは絵本の表紙に書かれていた名前がK・鏑木だったことを今更のように思い出した。
小さな本屋に書かれた店の名は「鏑木書店」なぜ、今まで気付かなかったのだろう。

「実は僕、最近こっちに越してきて彼と知り合ったばかりなんです。だから…」
「タイガーのことを何も知らない」
「はい…」
「あのね、ハンサム。他人を理解するのに付き合いの長さなんて関係ないの。時間よりもむしろ、その人のことを知りたいってどれだけ思ってるか、それが大事なんじゃないかしら」

虚を突かれたような表情でネイサンを見つめたバーナビーはやがて、静かに視線を落とした。
膝の上で組まれた手が固く握り締められる。

「…あの人は初めて店を訪れた僕に声を掛けてくれました。どんなに僕が拒絶しても全然気にしてなくて」
「…そう」
「あの絵本が大好きだって言ったら、とてもうれしそうに笑ってくれて」
「あれはタイガーにとっても特別な作品だから、本当にうれしかったんだと思うわ」

告げられた真実に、バーナビーの心が痛む。
なぜなのかは分からない。
ネイサンがさっき言った言葉に対してなのか、それとも…。

「…それならどうしてオジサンは、あの時僕に何も言ってくれなかったんでしょう?」

虎徹が自分に何も言ってくれなかったことが腹立たしいのか。

「ああ見えて、タイガーもいろんなもん抱えて生きてんの」
「……」
「アナタにはアナタの事情があるように、彼にも彼の事情ってもんがあるのよ。大人の世界も大変なんだから」
「僕が子供だから、話したって仕方ない…そういうことですか?」

今、自分が言っているのはただの言いがかりに過ぎないという自覚はある。
だが、若いバーナビーには溢れ出す苛立ちを止めることは出来なかった。

「そうじゃないわ、ハンサム」
「僕にとっては同じことだ!」

叫ぶように声を振り絞ったバーナビーの肩が微かに震えている。

「…アナタ、タイガーのことが気になるのね」
「…っ!」
「そんなに彼のことが知りたい?」
「ち、違う!そうじゃ、」
「その気持ち、大事になさい」

諭すように言われ、バーナビーはきつく唇を噛み締めた。

「…止めて下さい。ここで降ります」

急停車した車から飛び出すと礼も言わずにバーナビーは駆け出した。
ネイサンの言葉は正しい。
自分が虎徹のことをもっと知りたいと思い始めているのは確かなことだ。

(不思議だな…)

これほど誰かに関心を持ったのは初めてのことだった。
それどころか、両親が死んでからこんなにも感情を揺さぶられ、苦しく切ない思いをバーナビーは経験したことがない。

カッと血が上った頭を冷やすために一度立ち止まり、深く息を吸う。

店を訪れればきっと彼はいつものように笑顔で迎え入れてくれるのだろう。
いつものようにドアを開け、いつものようにベルが鳴り…。

(そうじゃない!)

心の奥底で求め始めているものがその先にあることに気づいて、しばしバーナビーはその場に立ち尽くした。









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