本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!8
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相変わらず客の訪れない静かな午後の店内に、カランカランとベルの音が鳴り響いた。

「ふぁ‥あ、いらっしゃいませ」

噛み殺し損ねた欠伸を隠すように、虎徹は慌てて声を掛ける。

「タイガーさん、こんにちは」
「よお、イワンか」

少し猫背気味の青年はバーナビーと同じ高校の同級生で、虎徹の店の常連だ。
制服姿ということは学校の帰りなのだろう。
伏し目がちに会釈をするイワンに、虎徹はいつものように笑いかけた。

「今日は一人か?カリーナ達はどうした?」
「なんか、二人はお喋りに夢中だったんで僕だけ先に来たんです」

ボソボソと呟くように話す彼は色素の薄い金髪に薄紫色の瞳を持ち、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。
カリーナの情報によると意外に女子の隠れファンも多いとか。
だが、イワン自身が繊細で人見知りなためお近づきになれずにいるらしい。

「で、今日はどうした?」
「え?」
「お前がここに一人で来たってことは、俺になんか相談があるんじゃないのか?」

驚いたように大きく目を見開いたイワンが視線を足下に落とした。
こういう時の虎徹の勘は鋭い。
普段のおちゃらけた態度が嘘みたいな真面目な表情で、虎徹は彼を見た。

「あの、実は僕、国語が苦手で成績もあんまりよくないんです」
「ふーん、そうは見えねーけどな」
「こないだもテストの点数が最悪で‥キース先生もガッカリした顔してて」
「ああ、キースは熱血教師だからな。教え子の点数悪けりゃ落ち込むだろ」
「…ですよね、やっぱり。はぁー…」

大きなため息と共にイワンが肩を落とす。
その様子を見て、虎徹は苦笑いを浮かべた。

キースと言うのはイワン達の高校の国語教師で、親友であるアントニオの同僚だ。
生徒思いの熱血教師で知られており、長身でハンサムな彼は裏表のない爽やかな性格とも相まって、男女問わず誰からも人気があった。

「‥僕、キース先生に嫌われたかもしれませんね」
「おいおい。テストの点数悪かったくらいで何でそうなるんだよ?」
「だって…」

イワンはそう言うと、再度大きなため息を吐いた。
一度ネガティブモードに入った彼を立ち直らせるのは容易ではない。

「んー、要するにお前は国語の成績を上げたいってわけだな?」
「‥ええ、まあ。そうなんですけど…」

気弱な返事を返すイワンによし!と、虎徹はその細い肩を叩いた。

「とりあえず、本を読め!」
「本、ですか?」
「そうだ。たくさん本を読めばきっと成績もよくなるはずだ」
「‥そうでしょうか」

半信半疑と言った顔つきで見上げるイワンに虎徹はうんうん、と頷く。

「本屋の俺が言うんだ。間違いない」

根拠のない話も虎徹が言うと説得力を持つのだから不思議なものだ。

「でも、僕読書は苦手なんですけど‥」
「ならさ、まずは絵本から初めてみろよ。文章を読むことに少しずつ慣れてけば、そのうち本が好きになる」

力強い言葉で言われるとそんな気がしてくる。
イワンは静かに微笑み、やってみますと答えるのだった。





しばらく二人でどの本がいいかと悩んでいたが、不意に賑やかな笑い声がして入り口のドアが開いた。
カランカランと一際大きな音を立てて入って来たのはカリーナとパオリンだった。

「よお、遅かったな」
「こんにちは!タイガーさん。と、イワンもここにいたんだ」
「あら、イワンったら先に来てたの?」

意外そうに言われたイワンが口を尖らせる。

「先に行くって言ったけど、二人とも話に夢中で聞いてなかったじゃないか」
「そうだっけ?」

首を傾げる女子組に虎徹もまた、呆れたように肩を竦めてみせた。

「まったく、女ってヤツはどうしてこう、お喋り好きなんだろうな」
「なによ。お喋りだって立派なコミュニケーションなんですからね」
「…へいへい」

ほらよ、とイワンに一冊の絵本を手渡しながら、ふと何かを思い出したように虎徹は三人を振り返った。

「これ?」
「しばらく貸すから、読んだら返してくれ」
「ありがとうございます」
「それよりさあ、バニーどうしてる?」

虎徹の口から突然出た名前に、三人は黙って顔を見合わせた。

「ん?どうした?」
「…あいつ、店に来てないの?」
「最近とんと顔出さなくなっちまってな。ちょっと心配してんだ」
「そう、なんだ…」

途端に黙り込んだ三人を虎徹が不審気に見つめる。

「何かあったのか?」

珍しくキツい口調で詰め寄られ、パオリンがビクッと体を震わせた。

「ああ、わりィ。別に怒ってるわけじゃねーから。その、言いにくいことなんだな」
「……」
「頼む。悪いようにはしないから、何があったか教えてくれねーか」

互いに逡巡するような素振りを見せて、三人は再び顔を見合わせる。
やがて、彼らを代表してカリーナが重い口を開いた。

「あのね、タイガー。バーナビーは同じ学年の一部の生徒達からいじめを受けてるの」

それは衝撃の内容にも関わらず、虎徹にそれほどの驚きをもたらすことはなかった。
彼の普段の生活態度を見ていればそれは容易に想像できる。

「そうか…」

ポツリと呟いた虎徹をパオリンが心配そうに見上げる。

(あいつはまだ、ひとりぼっちなんだな…)

あの絵本の一件以来、少しは心を許してくれたのだと思っていた。
だが、距離が縮まったと感じていたのは自分だけだった‥と。
つまりはそういうことだ。
自分の殻に閉じこもったままのバーナビーの心、虎徹にはそれが何よりも悲しかった。









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