本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!9
1ページ/1ページ






チラリと見た腕時計の時刻はとうに閉店時間を過ぎている。
そろそろ店を閉めなきゃと虎徹はイスから立ち上がった。

(今日も客、ほとんど来なかったなあ)

大きく伸びをした途端に、カランカランと音がして入り口のドアが開いた。

「いらっしゃいませ…って、どうした?」

息を切らして飛び込んできたのはカリーナ、イワン、パオリンの三人だった。
険しい顔つきのまま荒い息を整える彼らの様子から、何かただ事じゃない事件が起きたのだろうと直感的に悟る。

「なんかあったのか?」

虎徹もまた真剣な表情で彼らに問いかけた。

「バーナビー来てない?」
「バニー?来てないが‥」
「そう…」

三人を代表して答えたカリーナが力なく呟くと、他の二人も顔を曇らせた。

「ほら、前にバーナビーがいじめを受けてるって話をしたでしょ?」
「あ、ああ」
「最初はただのやっかみだったのがだんだんエスカレートしてて…あいつも何を言われても無視してたんだけどね。今日の放課後、またそいつらからヒドいこと言われて学校飛び出しちゃったまま、家にもまだ帰ってないらしいの」

先日のカリーナの話では、初めの頃は女子にモテるバーナビーをからかう程度のものだったのが、全く相手にしない彼の態度が気に入らないと一部の生徒達がたちの悪い嫌がらせを始めたということだった。
どうやら、その嫌がらせが陰湿ないじめに変わるのにさほど時間はかからなかったようだ。
それはバーナビーの来店が遠ざかり始めた時期と一致する。

(バカだなあ…。なんで店に来てくれなかったんだよ)

バーナビーは沈黙を貫いていたようだが、恐らく心の中では苦しんでいたのだろう。
何も言ってくれなかった彼にも言いたいことはあるが、察してやれず、手を差し伸べることをしなかった自分に一番、腹が立つ。

「何て言われたんだ?あいつ」
「…それは」

言いにくそうに口ごもってしまったカリーナからイワンとパオリンへと視線を移す。

「頼む。教えてくれ」
「‥お前、どうせマーベリックの愛人なんだろ、って」
「ッ!」

イワンの口から語られた内容のあまりの酷さに虎徹は眉をひそめた。

「マーベリックさんって、この辺じゃ有名な会社の社長さんだから。バーナビーが彼の養子だとか、プライベートなこと隠しててもすぐ伝わっちゃうんだ。親同士の噂話なんて、子供らの間ですぐに広まっちゃうし‥」

パオリンが俯きながら話すのを聞いて、虎徹の中に怒りと悲しみが同時にこみ上げてくる。
また彼は、心ない大人によって傷つけられたのだ。

「…いつもはバーナビー、何言われても知らん顔してやり過ごしてたんだけど。その時はものすごい剣幕で怒って、そのまま教室を出て行ったんだ」

その時の様子を思い出したのか、怒ったような口調でそう言うとパオリンは口を尖らせた。

「ボクもすごく腹が立ったよ」
「だからって、そいつら殴っていいことにはならないからね」
「それは…分かってる。ゴメン」

イワンに諭され、シュンとなるパオリンを見て虎徹は目を丸くした。

「…殴った、のか?」

苦笑したカリーナが横から助け舟とばかりに口を挟む。

「パオリンたら、そいつをいきなりグーで殴るんだもん。ビックリしたわよ」
「おいおい、女の子が無茶しちゃダメだろ」
「大丈夫。ついでに私も加勢したし、イワンもついてたから。ね?」
「ほんとに二人とも無茶苦茶だよ」
「お前ら…」

思わず手が出てしまったと言う彼らはバーナビーの身を心底案じている。
虎徹は鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。

「ありがとな」

うれしくてたまらず、目の前の子供達の頭をクシャリと撫でる。

「なんであんたが礼を言うのよ」
「だってよぉ…」

呆れたようにカリーナに言われて虎徹は声を詰まらせた。
自分はひとりぼっちだと思い込んでいる彼に早く伝えてあげたい。

(お前のことをこんなにも心配している人達がいるってことを…)

「とりあえず、お前らは家に帰れ。後は俺が何とかするから」
「何とかって何よ。探すんなら私達も手伝うから」

必死に食い下がるカリーナの後ろでイワンとパオリンも頷いている。
ありがとな、と再度彼らの頭を軽く叩いた虎徹は優しい笑みを浮かべた。

「遅くなると、今度はお前らの親が心配するだろ」
「でも…」
「いいから帰るんだ」

優しい声音の中に滲む大人の威厳とでもいうのだろうか。
虎徹の言葉に従い、三人は渋々といった表情で店を後にする。

「バーナビーが見つかったら教えてよね」
「おう、すぐに連絡入れるから心配すんな」

小さくなる後ろ姿がやがて見えなくなると、虎徹は携帯電話を取り出した。

「もしもし、アントニオか?」
『ああ、ちょうどよかった。お前にも電話しようと思ってたところだ』
「バニーのことだろ?事情は知ってる」
『…そうか、なら話は早い。バーナビーはお前のとこには来てないのか?』
「来てない。ていうか、ここ最近は全く店に顔出してないんだ」
『そうか…』

虎徹の返答に電話の向こうが黙り込んだ。

「お前は、バニーがその、いじめ受けてるって知ってたのか?」
『……いや。恥ずかしい話だが、寝耳に水だった』
「そっか…。俺も最近知ったんだがこんな大事になるとは思わなくてな。もっと早く、お前の耳にも入れときゃよかった」

二人の声にもおのずと後悔の念がこもる。

『お互い反省は後にしよう。とにかく、今はバーナビーを見つけ出すのが先だ』
「そうだな」

アントニオに促され、虎徹は気持ちを切り替えようと空を見上げた。

「で、何か行き先に心当たりとかないのか?」
『それがさっぱりなんだ。マーベリックさんもいろいろ探してるんだが一向に見つからなくてな。第一、最近越してきたばかりのあいつに行く所なんて、』
「あっ、」
『どうした?虎徹』
「ちょっと行き先、心当たり思い出したわ」
『おい!それはどこだ?』
「確信はないけど、とにかく行ってみる。お前はもっぺんマーベリックさんちに行って話聞いてくれ」
『…任せていいのか?』
「俺を信じてくれ」
『…分かった。もし見つけたら、すぐに連絡しろよ』
「了解」

通話を切り、ぼんやり見上げた夜空には見事な満月が輝いている。

「待ってろよ、バニー」

それを見ながら、虎徹はゆっくりと歩き始めた。








.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ