本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!11
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虎徹の話を聞いて、バーナビーはあれほどまでに自分が彼の絵本にこだわり続けた理由を、ようやく理解した。

(あの中には僕が欲しかったものがあったんだ)

あの絵本には親から子へ、そして妻から夫への深い愛情がたくさん詰まっていて。

(だからこそ僕は、あの絵本に救われていた…)

「あれは、あなたとあなたの娘さんに向けて送られたメッセージだったんですね」
「‥そうだ」

少し顔を歪ませた虎徹の声が、らしくなく震えていた。

「絵本にしてほしいというのはあいつの希望だった。そうすれば、ずっとそばにいられる気がするって」
「…僕もおかげで何度も救われましたから」

バーナビーがそう言うと、うん、と再び虎徹が頷く。

「俺さ、必死でその絵本作りに没頭したよ。作業に集中してる間は病気のこととか不安な気持ちとか全部、忘れていられたから」
「……」
「ネイサンが協力してくれて出来上がった絵本見て、あいつ、喜んでくれてさ。ああ、もうこのままいけるんじゃないかなあ‥なんて思ってた矢先だったなあ。あっけなく逝っちまったのは‥」

ゆっくりと顔を上げた虎徹はバーナビーから月へと視線を移した。
その月に亡き妻との思い出を重ねているのだろうか。
見上げた彼の眼差しは柔らかく、とても優しい。

「分かってたことなのに。俺、悲しくてさ」

分かります、と言いかけてバーナビーは言葉を飲み込んだ。
虎徹の悲しみは虎徹のものだ。
バーナビーの悲しみに誰も立ち入ることができないように。

バーナビーは突然両親を奪われた。
だが、虎徹のように予期された別れもまた悲しいものだ。
そして、この世に辛くない別れなどないのだと、この時バーナビーは初めて知った。

「バタバタと葬式やらいろいろ済ませて、やっと落ち着いたからって仕事に戻ろうとした時だった」

虎徹はふと両手を顔の前にかざしてこう言った。

「描けなくなってることに気づいたんだ」
「え…」
「俺の中から言葉や絵が、溢れてこなくなった」

最初はショックが大きかったせいだと思ってたんだ、と軽く頭をかきながら語られた内容にバーナビーは虎徹の悲しみの深さを知る。
自分が両親の喪失に耐えられずに感情を失ったように彼は、語るべき言葉を失ったのだ。

「白い紙を前に何か描こうとするんだけど、苦しくなっちまってさあ」
「……」
「なんかこう、すごく辛くてたまんなかった」
「僕も…そうです」

絞り出された小さな声に、虎徹は振り向くと微かに笑った。

「息をするのも苦しくなって…」
「そして、こんな風に空を見上げる」

二人はベンチに背中を預け、静かに月を見上げた。
そこに見ている面影はそれぞれ違っていても、その思いは同じ。
隣に同じ悲しみを共有している人間がいる。
それだけで、バーナビーの心は安らいだ。
虎徹もまた、同じ気持ちだといいのにとバーナビーは思う。

「こうやって、何度も考えるんだけどな。まだ前には進めずに止まったまんまだ」
「オジサン…」
「恥ずかしい話、お前に説教できる立場じゃねぇんだけどな。俺は」

泣き笑いのような顔で話す虎徹に、少し余裕を取り戻したバーナビーが尋ねた。

「本屋を始めたのは?」
「んー、生活のためもあったし、やっぱ本から遠ざかることが出来なかったってとこかな。…って、あー、もう!」
「オジサン…?」
「お前のこと心配して探しに来たのに、なんでこんなことになってんだ?」

大きなため息を吐いた虎徹は困ったようにバーナビーを見る。

「こんな風に自分から過去のことを話したのはお前が初めてだよ」
「そう、なんですか?」
「…アントニオやネイサンは事情知ってるけどな。って、いけね!あいつらに連絡入れないと」

慌てて立ち上がった虎徹が携帯を取り出し、電話を掛け始めた。
どうやら相手は担任のアントニオらしく、これから連れて帰るからと話しているようだ。
手短に話を終え、通話を切った虎徹が再びどこかへ連絡を取ろうとしているのをバーナビーは不思議そうに見つめる。
彼の視線に気づいた虎徹が、「カリーナ達だ」と伝えるとバーナビーの目が驚きに見開かれた。



やがて、ひとしきり連絡を終えた虎徹がバーナビーと向き合う。

「みんな安心してたよ」
「…‥」
「パオリンなんか、お前に暴言吐いた奴ぶん殴って大変だったらしいぞ」
「…なんで…」

俯き、小さくなったバーナビーの肩が揺れていた。

「バニー…」
「なんで、僕なんかのために…」
「みんなお前が好きなんだよ。お前はひとりぼっちなんかじゃない」

ハッと上げた彼のエメラルドグリーンの瞳もまた、ゆらゆらと感情のままに揺れている。
しっかりとその瞳を見つめながら、虎徹はそう言って笑いかけた。

「…ずっと、心のどこかで‥僕なんて誰にも必要のない人間だと思ってました」

消え入りそうな呟きは今まで彼が心の奥底にしまい込んできた恐れ。
答えを聞くのが怖くて、ずっと隠してきた彼の心の叫びだ。

「バーカ、この世に必要とされない人間なんていないんだよ」
「……」
「みんな、いや俺も、お前を必要としてる」
「オジサン…」
「それと…俺の話、聞いてくれてありがとな」

さ、帰ろう、と言って伸ばされた手を掴んでゆっくりとバーナビーは立ち上がる。
その体が小刻みに震え、嗚咽を漏らすのを黙って虎徹は抱き寄せた。

「つらかったなあ…」
「…ッ…」
「お前はよくがんばったよ」

優しく頭を撫でながら、声を殺して泣くバーナビーをぎゅっと抱き締める。

(…助けてくれてありがとな、友恵)

そして、虎徹は心の中でそっと妻に感謝の言葉を囁いた。








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