本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!13
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厳しかった残暑も幾分か和らぎ、朝晩はしのぎやすい季節になってきた。
その分、気持ちのゆるみもあったのだろう。
ましてや、丈夫なのが己の取り柄だと虎徹は思っている。
こういう人間に限って体調管理が下手な者が多いのだが、彼もまたその典型と言えるようで。

何だか体がダルくて熱っぽいなと自覚したのは、店を開いてずいぶん経ってからのことだった。

「ヘックシュン!」

くしゃみと共に体を悪寒が走り、ようやく虎徹は自身の異変に気づいた。

「…うー、風邪引いたかな‥」

ぼんやりし始めた頭で独り言のように呟く。
一度不調を自覚すると体のあちこちが悲鳴を上げ始め、思わず虎徹は眉をしかめた。

「店閉めて、休んだ方がよさそうだな…」

どうせ、今日は日曜で学校も休みだ。
メイン客である学生達が来ないのなら無理して店を開ける必要もないだろう。
そう判断した虎徹はイスから立ち上がり、店の奥へとつながる引き戸を引いた。

「よっこらしょっ、と」

ふらつき始めた体で用心深く奥の小部屋へと移動する。
何かあれば寝泊まり出来るようにとこしらえた狭い部屋には寝具も用意してあり、虎徹は布団を敷くとゴロリと横になった。
その直後のことだ。

カランカラン、と店の入り口で来客を告げるベルの音がして虎徹は閉じかけた目を開いた。

「…いけねー、店閉めんの忘れてた」

慌てて起き上がった拍子に体がぐらつく。

「ぐっ…」

再度目を閉じふらつきが収まるのを確認してから、恐る恐る虎徹は小部屋から顔をのぞかせた。

「いらっしゃいませ」

何とか店へと出てきたものの、体調はますます悪化しているようだ。
本格的にまずいなと思い始めた虎徹の耳に

「あの…」

と小さな、聞き慣れた、そして待ち望んだ声が飛び込んできた。

「バニーか?」
「…オジサン」

目の前に、いつもの見慣れたライダースジャケットを颯爽と着こなしたバーナビーが立っている。
相変わらずキレイだなと思いつつ虎徹がいらっしゃい、と笑いかけると彼は下を向いてしまった。
いつもクールな青年が、どんな顔をすればいいか分からないといった様子で上目遣いに虎徹を見る。
そんな風にしていると大人びたバーナビーも年相応の子供に見え、虎徹は微笑ましく思った。

「…学校、行ってるんだってな」
「ええ‥」
「そっか…よかった」

心底嬉しそうな響きに顔を上げれば、人懐こい笑みがバーナビーを見つめている。

「…っ…」

不意にこみ上げてきたものを堪えるようにバーナビーは唇を噛み締めた。
そして、ゆっくりと息を吐き静かに話し始めた。

「…あの、」
「ん?」
「その節はお世話になりました」
「いや、俺は別に…。てか、あん時のことなら気にすんな」

恐らく、予想通りの答えだったのだろう。
バーナビーが苦笑する。

「お礼くらい言わせて下さい」
「ああ…じゃ、まあ」

照れ臭そうに頭をかく虎徹につられて、バーナビーもまたようやく明るい笑みを浮かべた。

で?と聞かれたバーナビーが近況を語り始める。
きちんと学校に通っていること、カリーナ達が気遣ってくれクラスの友人達とも上手くやれていることなどを話すと、虎徹は安心したようだった。

「もう、いじめも無いんだな?」
「はい」

キッパリとした返答によし!と虎徹は頷いた。



しばらく他愛のない会話を続けていた二人だったが、ふとバーナビーが顔を曇らせた。

「…オジサン、顔赤くないですか?」

目の前の虎徹の顔がやけに熱っぽく、心なしか目も潤んでいるように感じたのだ。

「あ、ああ。ちょっと風邪引いたみたいでさ」
「は?」
「朝からなんかダルくてな。店閉めて横になろうかと思ってたんだ」

虎徹の言葉にたちまちバーナビーの眉間にしわが寄る。

「…ちなみに、熱は?」
「体温計もねーし、んなの測ってねぇよ」
「まったく…」

ハァと呆れたように溜め息を吐いた彼は虎徹へと右手を伸ばした。
そのまま、前髪をかき分け額に触れる。
とっさに身を竦ませた虎徹だったが、ひんやりとした手の感触の気持ちよさに黙って目を閉じた。

「…熱、ありますね」
「ん…。お前の手、冷たくて気持ちいい…」

瞬間、ドキリとバーナビーの胸が高鳴った。

(なんだ…?今の…)

「どした?」

(僕は今、何を?)

「おい、バニー?」

虎徹に呼び掛けられてハッと我に返る。

「あ、あの、家まで送ります」
「急にどうした?」
「熱もあるみたいだし、帰って休んだ方がいいと思います!」
「そ、そうか?」

初め、怪訝そうな表情を浮かべていた虎徹もバーナビーの剣幕に推されて思わず頷いていた。

「でもな、気持ちはありがたいが送ってもらわなくても大丈夫だぞ」
「ダメです!」
「なんで?」
「…何となく、オジサンの大丈夫は大丈夫じゃない気がするので」

あまりの言われようだがバーナビーは真剣だ。
その必死さに根負けして、結局虎徹は家まで送ってもらう羽目になるのだが…。


その時虎徹に対して芽生えた感情の正体を、バーナビーが知るのはまだ先の話である。









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