本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!14
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カランカランと店の入り口から来客を告げるベルの音がする。
いつもの習慣で、虎徹は読みかけの本から顔を上げた。

「いらっしゃいませ」

腕時計を確認すると時計の針は夕方の4時を少し回ったところだった。

「相変わらず、ヒマそうね」
「…なんだ、お前かよ」

聞き慣れた声から訪問者が誰なのか、虎徹にはすぐに分かった。
案の定、視線をやると派手な私服に身を包んだネイサンが、入り口の扉にもたれてニヤニヤと笑って虎徹を見ている。

「そういうお前こそ、こんなとこで油売ってていいのか?」
「あら、近くまで来たから寄ってあげたのにそんな言い方ないんじゃなーい?」
「どうせ、暇つぶしなんだろ」

ツカツカと歩み寄ったネイサンが手に持っていた箱を突き付ける。

「そんなこと言うんなら、このドーナツあげないわよ」

それは虎徹の大好きな店のドーナツだ。
箱を見た途端、彼は子供のように顔を輝かせた。

「いっつも悪いなあ」
「…まったく、調子いいわね」

そそくさと箱を受け取るやいなや、さっそく開けようとする虎徹にネイサンは肩を竦めてみせる。

「ほら、ハンサム。アンタも早くいらっしゃい。でないと、そこのオジサンがドーナツ全部食べちゃうわよ」
「‥へ?バニーひゃん、ひてふの?」

口一杯に頬張ったドーナツのせいで上手く喋れない虎徹を呆れたように見つめて、ネイサンは「近くで見かけたから連れてきたのよ」と付け加えた。
大柄な彼女の後ろから、バーナビーがひょこりと顔を出す。

「‥こんにちは」
「よぉ、バニー。いらっしゃい」

いつもと違い、どこか他人行儀なバーナビーに虎徹はどうした?と声をかける。
また悩み事かと問われ、慌てて彼は首を振った。

「ほい、お前も食っていいぞ」
「ありがとう、ございます」

ぎこちない動作でカラフルな箱を受け取ったバーナビーはネイサンに軽く頭を下げ、中からドーナツを選び取った。

「あ、そうだ。こないだはありがとな、バニー」
「‥いえ」

食べている途中で不意に礼を言われて、バーナビーが口ごもる。

「あの、オジサン‥もう、体の方は大丈夫なんですか?」
「おかげさんでな。ま、丈夫なだけが俺の取り柄だからな」
「…そんなこと言ってるから症状が悪化するんです」

目の前で進められる会話についていけず、ネイサンは興味津々に二人の顔を覗き込んだ。

「なになに?何の話?」

一つ目のドーナツを食べ終え、二つ目を物色しながら虎徹が答える。

「いや、こないだ俺、風邪引いちゃってな。店でフラフラんなってたら、バニーちゃんが家まで送ってくれたんだ」
「まあ、わざわざハンサムが来てくれたの?」
「‥誤解を招く言い方は止めて下さい。たまたま僕が店を訪れただけですから」

慌ててバーナビーが訂正したが、ネイサンは口元を綻ばせ目を細めた。

「けど、家まで送ったってのは事実なのね」
「‥だって、目の前に病人がいたらほっとけないでしょ」
「そんなにムキになることないわよ」
「ムキになんかなって‥」

何を言っても言い訳にしかならないと気づいたのだろう。
言いかけて、バーナビーは黙り込む。

「…アンタ、変わったわね」
「……」
「嫌味じゃないわ。誉めてるの」

そんなバーナビーに、ネイサンはウィンクと共に優しい笑みを送った。
二つ目のドーナツを完食した虎徹が、今度はニヤニヤしながらバーナビーを見つめる。

「ははーん、バニーにも俺のお節介焼きが移ったか?」
「…それこそ冗談はやめて下さい」
「お前、ひでーな」

二人のやり取りを見ながら、ネイサンは彼らの間に起きている小さな変化を感じ取った。
それは主にバーナビーの中で生まれた感情に起因するようだが、二人が自覚している様子はない。

「なんかさー、アンタ達、ちょっと会わない間にいい雰囲気になったんじゃない?」

少しカマをかけるつもりで、意味深な問いかけをしてみたものの。

「はあ!?」
「は?」

同時に疑問系で返された。

「そっかあ?俺は別に変わんねーと思うけど」
「別に僕は…」

それぞれの答えを聞きながら、問題はむしろ虎徹の方にあるのかもしれないとネイサンは己の中で結論づけた。
この先きっと苦労するであろう青年を、気の毒に思い見つめる。


「あっ、そうだ。お節介焼きで思い出した。バニー」
「何です?」
「これ」

ガサゴソと何やら探し物をしていた虎徹が一通の手紙をバーナビーへと差し出した。
その封筒のファンシーな絵柄と丸文字ハート付きの宛名から、どうみても差出人は女性としか思えない。

「店に来た女の子から、お前に渡してくれって頼まれてたんだ」
「これって…」
「どうみてもラブレターね」

ため息混じりにネイサンが呟くと、バーナビーの顔色がサッと変わった。
伸ばしかけた右手を握りしめ、そのまま下に下ろしてしまう。

「バニー?」

不機嫌そうに眉をひそめた青年の様子に虎徹が首を傾げる。

鈍い男ね、と囁かれたネイサンの言葉はもう、二人の耳には届いていなかった。







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