本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!15
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「いりません!」

キッパリとした拒絶に虎徹のみならず、ネイサンまでもが驚いたようだった。
が、彼女は口を挟まずに二人のやり取りを静かに見守る。

「いりませんて、お前‥」
「だって、あなたが勝手に預かったんでしょう」
「そりゃまあ、そうだけど。俺だって最初は断ったんだぜ」

行き場を失った手紙を持ったまま、虎徹は困ったように頭をかいた。

「こういうのは直接渡した方がいいしさ」
「……」
「そう言ったんだけど、どうしてもって言うからさあ‥」

気まずそうに口ごもる虎徹をバーナビーはキツい目で睨みつけた。

「‥それであなたはいつものように手紙を預かった。僕の気持ちなんかお構いなしに‥」
「そういうつもりじゃ、」
「やっぱりあなたのお節介はうんざりだ!」

叫んだバーナビーが背中を向ける。

「…その手紙、僕は受け取りませんから。あなたが処分して下さい」
「おい、バニー!」

そうしてバーナビーは虎徹の呼びかけにも振り返らず、勢いよく店を出て行ってしまった。
乱暴に開け閉めされた扉の音に続いて、やけに大きなベルの音が静まり返った店の中に響き渡った。

「…で?アンタ、どうすんの?」
「どうするったって…ハァー‥」

虎徹は己の手に残されたラブレターを見て大きなため息を吐く。

「‥あいつ、なんであんな怒ってんの?」
「ほんっとに鈍感な男ね。そんなことアタシに聞かないでよ」
「お前まで怒んなくたっていいだろ」

普段、人の心の機微には聡いくせにこういうところだけ鈍いのはどうなのか。
ネイサンもまたため息を吐き、諭すように虎徹に向き合った。

「いい?どうすべきかは自分でよーく考えなさい」
「‥んなの、分かってるよ」
「あなたの答え次第でハンサムの人生大きく変わるんだからね」
「はぁ?…意味分かんねー‥」

ガックリと肩を落とした虎徹に「そのうち分かるわよ」と謎めいた言葉を残して彼女は立ち去る。
その後ろ姿を見送る虎徹の顔は疲労感に包まれていた。




翌日の放課後、教室でバーナビーが荷物をまとめ帰り支度をしている時だった。
彼のすぐ側で、クラスメートの女子数名がひそひそ話をしているのが見えた。
当人達は声をひそめているつもりなのだろうがエスカレートしてゆく会話は周りに筒抜けだ。
何がそんなに楽しいのだろうかと聞くともなしに会話に耳を傾けていたバーナビーが、その内容にふと作業の手を止めた。

「でさ、さっきからずっと正門前に立ってるんだよ」
「そのオジサンてカッコいいの?」
「うーん、帽子かぶってて顔はよく見えなかったんだけど‥」

(帽子をかぶった、オジサン‥?)

「なんか、変な顎ヒゲ生やしちゃってさ」

(顎ヒゲって…まさか!?)

「やだー、先生に報告した方がいいんじゃないの?正門前に不審者がいます、って」

無言で立ち上がったバーナビーは急いで荷物をまとめると、教室を飛び出した。
早足で校庭を通り過ぎ、たどり着いた正門前には予想通りの人物が立っていた。

(やっぱり…)

ハンチング帽を深くかぶった虎徹が、校門の扉の陰から中をのぞき込んでいる。
キョロキョロと辺りを見回すその様子はどう見ても不審者だ。

「オジサン!」

関わる必要などなかったが、彼の行動の原因が自分にあるとしたら。
イライラしながらバーナビーは虎徹の元へと近づいた。

「バニー?」
「あなた、何やってるんですか?」

つい口調が荒くなる。
虎徹に関わるといつも冷静さを失ってしまう自分も、お人好しでお節介な彼にも無性に腹が立った。

「何って、手紙を返そうと思って‥」

ああ、やはり‥と額を押さえたバーナビーは眉間にしわを寄せた。

「やっぱ、こういうものは自分で渡した方がいいと思ってさ」
「…ったく、あなたって人は」
「えっ?」

呆れたように吐き出された言葉と共に、グイッと手を引かれ虎徹は前のめりになる。
そのままバーナビーは何も言わずに虎徹を連れて、店のある方角へと歩き始めた。
学校から遠ざかり、やがて人通りも少なくなる。

「‥あの、バニーちゃん?」
「黙ってて下さい」
「いや、あのさ‥」
「何です!」
「手、痛いんだけど」

遠慮がちな訴えに、ハッと我に返ったバーナビーは慌てて手を離した。
気づけばいつの間にか店の近くまで来ていたらしく、虎徹はシャッターの鍵を取り出している。

「お前さ、昨日からなんか変だぞ」
「……」
「何そんなに怒ってるんだよ」

そう問いかけながら虎徹はガチャガチャと鍵穴に鍵を差し込み、シャッターを開けた。

「俺がお前へのラブレターを勝手に預かったのがそんなに気に入らなかったのか?」
「違います!」

反射的に返された答えに驚いた虎徹が振り返る。

「じゃあ、何だよ?」
「それは…」

バーナビー本人にも苛立ちの理由が分からないのだから答えようがない。
胸の中にあるモヤモヤとした感情をどう表現すればいいというのか、分かる者がいれば教えて欲しいと心底思う。

「…あなたが無神経だから」

考えた末に出た答えはバーナビー自身にも理解できないものだった。

「はあ!?」

言われた虎徹にはもっと意味が分からなかったに違いない。

「訳分かんねーよ…」

途方に暮れ、情けない声を出す虎徹の後ろ姿を見た途端、バーナビーの中で何かが切れた。
店に入ろうとする虎徹の手から彼は手紙を引ったくる。

「僕だって、訳が分からない!」
「バニー…?」
「こんな、自分の気持ちが分からないなんて」
「おい、大丈夫か?バニー!」

気遣う虎徹の声を無視して、バーナビーは気持ちを落ち着けるように2〜3度深呼吸を繰り返す。

「…手紙の相手には僕から返事をしておきますから」

そう告げるなりきびすを返して立ち去るバーナビーを虎徹はただ黙って見送ることしか出来なかった。








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