本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!19
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カランカランと来客を告げるベルの音がする。
いらっしゃい、と声を掛けられたバーナビーは軽く頭を下げた。

「こんにちは」
「今日はどうした?」
「また参考書を探しに」

言いながらすでにバーナビーの右手は書棚に伸びている。

「ほんと、バニーは勉強熱心だな」

素直に感心する虎徹を見る彼の胸中は複雑だ。
まさか「本当はあなたに会いに来てるんです」とも言えずにバーナビーは虎徹の前で勤勉な優等生を装った。

「どれどれ、どの教科だ?」

真後ろに虎徹の気配を感じる。
ドキリと胸が高鳴るも、素知らぬ顔で彼は参考書を探すフリを続けた。

「古典なんですけど」
「ああ、それならこれなんかどうかな?」

虎徹は肩越しに取った一冊をバーナビーへと差し出す。

「イワンやカリーナにも勧めたんだが、二人とも分かりやすかったって言ってたぞ」
「‥そうですか」
「ん?なんだ、これより他のがよかったか?」
「いえ、これで」

バーナビーがそう言うと虎徹は本を彼に手渡した。

「とりあえず、中身を見て確認しろよ」
「あ、はい」

受け取った参考書をパラパラとめくるバーナビーを見ながら、お前変わったよなと虎徹が呟く。

「‥そうですか?」
「出会った当初のツンツンしてた頃を思えば随分と素直になったし。お前、今いい感じだぞ」

虎徹が浮かべる優しく、温かい笑みは初めて会った時から変わらない。
あの頃は苛立ちしか感じなかったその笑顔が、いつからだろうか?
自分にだけ向けられればいいのにと、そんな風に思うようになったのは。

カランカランと再びベルが鳴る。
バーナビーを見ていた視線が静かに音の方へと向けられた。

「いらっしゃませ」

さっき渡された参考書をイワンとカリーナにも勧めたのだと聞いた時、胸に走った感情は多分嫉妬なのだろう。
接客をする虎徹を見ながら、己の身の内に芽生えた慣れぬ感情にバーナビーは戸惑うばかりだ。




「ありがとうございました」

虎徹の声に我に返る。
考え事に没頭するあまり、らしくなくボーっとしていたようだ。

「じゃあ、僕は帰り‥」
「ちょうどよかった。一緒におやつ食うか?」

バーナビーがまだ本を探していると思ったのか、腕時計に目をやった虎徹がそう声を掛けた。

「‥いいんですか?」
「お、ずいぶんノリもよくなったじゃねーか」

悪戯っぽく笑いながら、虎徹は店の奥へと引っ込んだ。
お前も来いよ、と誘われバーナビーも後に続く。
前に一度、入ったことのある小部屋には小さなテーブルが置いてあり、虎徹の好きなドーナツの箱があった。

「昼前にネイサンが来てな。土産にと置いていったんだ」
「あなたの大好物ですね」
「お前だって好きだろ?」
「まあ‥、否定はしません」

畳の上には一応来客用に座布団が敷かれている。
先に座った虎徹と向かい合わせになる形で、バーナビーもまたそこに腰を下ろした。

「さっき外の自販機で買ったんだけど、お前が来るって知らなかったからさ。缶コーヒー1本しかないんだ」

申し訳なさそうな顔でプルタブを引っ張り上げる虎徹に、バーナビーは笑って手を振った。

「ああ、僕はいいですよ」
「悪いな、じゃ半分こしてくれるか?」

半分こ?それって‥間接キスじゃ。
カーッと頬が熱くなる。
真っ赤になった顔を見られないよう、バーナビーは慌てて立ち上がった。

「バニー?」
「‥もう1本買ってきます」
「お、おう」

足音荒く部屋を出て行く後ろ姿を見ながら、虎徹は首を傾げる。

「あいつ、コーヒー苦手だったのかな?」

ネイサンあたりが聞いていれば恐らく苦笑したに違いない。
コーヒーをひと口飲み干した虎徹はしばらくバーナビーの帰りを待っていたが、やがて待ちきれずにドーナツを物色し始めた。

モグモグと口を動かしている虎徹の前に、別の缶コーヒーを持ったバーナビーが戻ってくる。

「先、食ってんぞ」
「‥すいません」

なぜか落ち着かない様子で座った彼もまた、箱から取り出したドーナツを食べ始めた。




あらかた箱の中が空になり小腹も膨れた頃、不意にバーナビーが虎徹に質問を投げかけた。

「‥ねえ、オジサン」
「ん?なんだ?」
「まだ絵本は描かないんですか?」

問われた虎徹は虚を突かれたように彼を見つめ返す。

「‥あ、すいません。変なこと聞いてしまって」
「いや、いいんだ」

少し眉を曇らせたものの、虎徹の声は穏やかだ。
その冷静さが年齢差を感じさせ、却ってバーナビーを苛立たせる。

「そうだなあ‥」

虎徹はのんびりとした口調で答え始めた。

「正直分かんないんだ」
「……」
「自分でもこのままじゃいけないって思ってるし、何か始めたいって気持ちはあるんだけどな」

んー、と考え込む仕草で天井を見た虎徹の目がどこか遠くを見つめる。

「それが今なのか、もう少し先なのか…。まだ分からない」
「…そうですか」

その視線の先にいるのはきっと虎徹の大事な人なのだろう。
今まで見たこともない慈愛に満ちた表情に、バーナビーの胸がまた苦しくなる。

「急にどうした?」

笑いながら聞き返してくる虎徹の無神経さに、それがただの言いがかりにすぎないと分かっていても無性に腹が立った。

「…好きだから」
「え、なに?」

だからもうこれ以上、込み上げてくる思いを抑えることができなかったのだ。

「あなたが好きだから!」

虎徹が大きく目を見開いている。
その目に驚きこそあるものの、嫌悪の色は見えなくてバーナビーは安心した。

「えっと、バニー。それって‥」
「あなたが思ってるような意味です」

動悸が激しすぎて今にも倒れそうになりながら、バーナビーは必死に思いを伝えた。
成りゆきでこうなったとはいえ、後悔だけはしたくない。

「そうか、ありがとな」

困ったように笑う虎徹にバーナビーは左右に首を振った。

「僕が欲しいのはそんな答えじゃない」
「‥バニー」
「でも、急ぎません。今すぐ答えがもらえるなんて思ってませんから」

自分を落ち着かせるため大きく深呼吸した彼は、決意に満ちた表情を虎徹に向ける。

「僕は両親を亡くしてから今まで、いろんなものを諦めて生きてきました」
「……」
「だけど、あなたのことだけは諦めたくない。そう思ってます」

失礼します、と言い残し去ってゆく背中に、虎徹は一言「まいったな」と呟いた。





こんなつもりじゃなかったのに…。
店を出たバーナビーの心臓はまだドキドキいっている。

―抜け駆けだって、誰かさんに怒られるかな。

足早に立ち去りながら、顔を上げたバーナビーはどこか吹っ切れたような笑みを浮かべ空を見上げた。







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