本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!20
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静かなジャズ音楽が流れるバーのカウンターで虎徹は一人グラスを傾けている。

「お代わりくれる?焼酎のお湯割りで」
「かしこまりました」

注文を受けて、バーテンダーが恭しく頷いた。

「お待たせ、タイガー。遅くなってごめんなさいね」
「こっちこそ悪いな、急に呼び出したりして」
「いいのよ。気にしないで。いい男の誘いは大歓迎だから」

ウィンクをしながら隣の席に腰を下ろしたネイサンに、思わず虎徹は苦笑する。

「アタシにもいつものちょうだい」
「スノーホワイトですね」
「そう」
「かしこまりました」

バーテンダーの洗練された動きを満足げに見つめていたネイサンだったが、おもむろに虎徹へと向き直った。

「で?どういう風の吹き回し?急に飲もうだなんて珍しい」
「いやあ、たまにはお前と二人っきりで飲みたいなあ‥なんて思ってさ」
「ふーん‥」

ネイサンは頬杖をつき、意味深な表情を虎徹に向けている。
探るような視線に晒されて、虎徹は居心地悪そうに目を逸らした。

「相談事なら聞いてあげるわよ」
「だから、そんなんじゃねーって」

どうぞ、と二人の前にそれぞれの注文したアルコールが置かれる。
互いにグラスを手に取ると一口軽く飲み干す。

「ハアー」

ネイサンが到着するまでにどれほど杯を重ねたのかは分からない。
が、らしくなく溜め息を零すあたり、虎徹がしたたかに酔っていると彼女はすぐ気づいた。
珍しいこともあるもんだと、目を細める。
ここ最近で、こんな風に彼を酔わせることのできる人物と言えば‥。

「ねえ、タイガー」
「んー?」
「ハンサムは元気にしてる?」
「……」

バーナビーのあだ名を出した途端にフリーズしてしまった虎徹を見て、ビンゴ!と彼女は心の中で叫んだ。

「…元気、だと思う」

更に言えば、あさっての方向を向いてぶっきらぼうに答える虎徹の様子から、原因がバーナビーであると確信する。

「ねえ、アンタたち何かあった?」

できるだけ興味本位にならないよう気をつけたつもりだったが、虎徹は黙り込んでしまった。

「‥もしかして、ハンサムに告白でもされたとか‥」
「‥っ!」

驚きのあまり大きく目を見開いた虎徹が何か言い掛け、そして再び口を閉じた。
ネイサンは再び、ビンゴ!と内心こっそり呟く。

「図星みたいね。やだわ、うらやましい」
「うらやましいって、お前‥」
「だってそうじゃない。あんなハンサムに好きになってもらえるなんて、アンタ幸せ者よ」
「‥俺はそう思えるお前がうらやましいよ」

苦笑いを浮かべる虎徹を見守るネイサンの瞳は真剣そのものだ。
虎徹とネイサンも短い付き合いではない。
その言葉が彼女の本音だということはすぐに分かった。

「‥好きだって、そう言われた」
「それで?アンタはなんて答えたの?」
「ありがとうって言ったけど‥」
「それって、答えになってないじゃない」

呆れたように指摘され、虎徹は頬を指でポリポリと掻いた。

「あいつにもそう言われたよ。返事は急がない、ただし諦めるつもりはないってな」
「わーお!熱烈な愛の告白ね」
「茶化すなって」

再度小さなため息と共に苦笑した虎徹の目尻に皺が寄る。

「‥そうね。確かにアタシ達、あのコみたいに若くはないものね」
「まあ、それもあるけど。特にバニーはいろんなもん抱えてるし、軽々しく答えちゃいけないと思ってさ」
「大人の対応ってやつ?」
「そうだな。それに‥」

グラスから手を離し、虎徹もまた頬杖をついた。

「勘違いってこともあるかもしれないし‥」
「勘違い?」
「うん。もしかしたらさ、あいつ、親に対して持つような親愛の情を俺への恋心と勘違いしてるかもしれないだろ」
「‥ハアー、呆れた」
「なんだよ」

あのねぇ、とネイサンが諭すような口調で虎徹に語りかけた。
こういう話し方をする時の彼女の意見はたいてい正しく、そして同時に的を得ていることが多い。
自然と虎徹は身構えた。

「アンタ、死んだ奥さんに告白した時どうだったのよ?」
「どうって‥」

突然の質問に戸惑う虎徹にかまうことなく、ネイサンは言葉を続ける。

「その好きって気持ちは勘違いなんかじゃなかったでしょう?」
「そりゃあもちろん。何度も気持ちを確認して、勇気を振り絞ってだな‥あ、」
「……」
「‥そっか、そうだよな」
「分かったんならハンサムの思いを否定しないであげて」
「うん、俺が悪かった」

素直に非を認めた虎徹に彼女は笑ってみせる。
この言い訳をしない潔さが、彼の魅力の一つだ。

「いいこと、タイガー。一つ教えてあげる。異性ならともかく、同性に告白するのってとっても勇気のいることなの」
「……」
「拒否されるだけじゃすまない。もしかしたら、好きな相手に嫌われて、軽蔑されるかもしれない。そういうリスクだって覚悟しなきゃならないの」
「……ん、」
「あのコだってきっと、ずいぶん悩んで考えた末にアンタに気持ちを伝えたんだと思う」
「‥そうだな」
「だからお願い。ちゃんと真剣に向き合ってあげて」

ネイサンが必死に訴えかけると、虎徹は心外そうな表情を見せた。

「そんなの当たり前だろ。俺は最初っから真面目に考えてんぞ」

ただちょっと、誰かに聞いてもらいたかっただけなんだと、笑ってみせる虎徹にネイサンはホッと胸を撫で下ろした。
今まで何度も告白を繰り返し、その度に傷ついてきた身としてはできればバーナビーには幸せになって欲しい。

だが、それはこれから二人が決めることだ。

「それを聞いて安心したわ」

笑いながら背中を叩かれ、虎徹がむせる。

「で、これからどうするつもり?」
「そうだなあ‥」

しばし考え込んでいた虎徹だったが、やがてポンと手を叩いてこう言った。

「よし!まずは友達としてのお付き合いからだな」
「プッ、何それ?」

吹き出すネイサンに虎徹は真面目に答える。

「まずは友達から、これってお付き合いの基本だろーが」
「そうだけど‥。まあ、アンタらしいわね」
「だろ?」
「気負いがなくていいんじゃない?」

ニヤリと吹っ切れたように虎徹は笑った。
まだ、すぐに答えを出せるほど自分はバーナビーのことを知らない。
これから先、二人の関係がどうなってゆくのかは分からないが‥。
だが、少なくともごまかしたり、はぐらかしたりせずにバーナビーの気持ちに正直に向き合っていこう。

虎徹はこの時そう、心に決めたのだった。







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