長編2

□シーソーゲーム3
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「どうやら犯人は精神操作系のNEXTらしいの」

アニエスの説明によると犯人の男の攻撃を受けた者はまず、その場で気を失ってしまうらしい。
そして、その後目覚めた時に一番最初に見た相手のことを忘れてしまうというのだ。

「その暗示能力を使って強盗事件を繰り返していたようね。自分が被害者を襲い、金品を奪いながら能力を使って眠らせ、そして再び目覚めるのを待つ」
「…で、目覚めた相手が自分のことを覚えてないのをいいことに第一発見者を装い介抱するってわけね」

ネイサンの推理にアニエスは頷いた。

「何も覚えていない被害者はきっと、犯人のことを助けてくれた恩人だと勘違いしてたでしょうね」

だが、犯罪はしょせん犯罪だ。
記憶を取り戻した被害者から出された被害届により警察が捜査に動き出すと、たちまち売りさばいた強奪品から犯人が割り出され、此度の犯人確保へと繋がったのだった。

「何がしかの精神操作系のNEXTだってのは分かってたんだけど、詳しい力は本人に聞くまでは分かんなかったし…」
「……」
「まさか、タイガーが攻撃を受けるなんてね。しかも、相棒の記憶を無くしちゃうなんて」

アニエスの呆れた視線と辛辣な言葉を浴びながら、虎徹は黙ったまま俯くより他なかった。

「で、アニエスさん、失われた記憶はまた元に戻るんですか?」

冷静な声で問いかけられたアニエスがバーナビーへと向き直る。

「それとも、犯人でないと解けないとか?」
「…残念だけど、一度使われた能力は犯人でも解くことは出来ないらしいわ」
「それじゃあ、虎徹さんは!」

仲間の目が気の毒そうにバーナビーを見つめる中、虎徹もどうして良いか分からずに彼らのやり取りを見守った。

「ちょっと落ち着いて、バーナビー。暗示系の能力って言うことは何かのきっかけで記憶が戻ることもあるらしいの」
「時間がたてば思い出すとか…」
「それは何とも言えないわね…。とにかく残念だけど、タイガーの記憶を取り戻す確実な方法は無いと思った方がいいわ」

絶望的な結果を告げたアニエスは再びヒールの音を響かせ、歩き出す。
ドアの所まで来ると彼女は振り返り、虎徹を見据えてキツい口調で言い放った。

「いい?タイガー!あなたはさっさと記憶を取り戻してちょうだい!」
「んな無茶言うなよ!」
「もしも、私の番組に支障来すようなことがあったら承知しないわよ!」

アニエスは勢いよく開いたドアから出て行くと、来た時同様に賑やかに立ち去った。

「さすがは敏腕プロデューサー様ね。こんな時でも視聴率の心配するなんて」

呆れたように右手をヒラヒラさせたネイサンもまた、虎徹に背を向ける。

「さ、アタシ達も帰りましょ」
「そうね。タイガーも無事だったことだし…」

複雑な表情を浮かべたカリーナは虎徹とバーナビーを交互に見やり、じゃ、と歩き出した。
他のヒーロー達もそれに習う。
見送る二人の視線を感じて、最後に病室を出ようとしたアントニオが彼らを振り返った。

「バーナビー、その、なんだ。あんまり思い詰めんなよ」

大男の親友が口ごもる姿はあまりにもらしくなくて、虎徹は首を傾げる。

「そうよ、ハンサム。何かあったらいつでもアタシ達に相談して」
「…ありがとうございます」

閉じられかけたドアの隙間から顔を覗かせたネイサンまでもが、己の相棒だという若者を気遣うようなセリフを残して去って行った。

「なんだよ、あいつら。ちっとは俺のことも心配しろっつーの」

拗ねた様子の虎徹を見て、バーナビーが苦笑する。

「あ、そうだ。お前も帰っていいんだぞ」
「あなたはこれから、どうするんですか?」
「俺?俺は別に体に異常が無いんだし、さっさと退院して家へ帰るさ」

努めて明るく話すと、虎徹は大きく伸びをした。

「…病院は好きじゃないんでね。長居したくはないんだ」
「あ、…そうでしたね」

今の虎徹はバーナビーを覚えていない。
そのことを忘れてつい頷いてしまったバーナビーは、不審気に見つめ返され思わず目を逸らした。

「あの、退院手続きなら僕がしてきますんで待っててもらえますか?」
「え?いや、いいよ。そこまで世話掛けちゃ悪いし…」

遠慮がちにそう言う彼はやはり他人行儀で、バーナビーにとっては心地がよくない。

「いったん社に戻ってロイズさんにも報告しなきゃいけないでしょう?」
「ああ、そっか…だよなあ」
「僕も一緒に戻ります。あなた一人じゃ、説明が不安なんで」
「…確かに、その点は反論できねえな」

バーナビーの言葉に苦笑いを浮かべた虎徹はすぐに起き上がると、帰り支度を始めた。
またロイズさんに小言を言われんだろうな、などとボヤきながら病衣を脱ぎ出した虎徹に慌ててバーナビーは背を向ける。

「ん?どうした?」

すっかり目の前にいる男の肌の滑らかさも手触りも覚えてしまった彼にとって、恋人の半裸など今は目の毒でしかない。

「…手続き、してきます」

ゆっくりと病室の入り口へと歩き出したバーナビーに虎徹の声が飛んだ。

「ありがとな、バーナビー」

邪気のない、その一言が心を抉る。
忘れてしまった虎徹に罪は無いと頭では理解していても、何も答えることが出来ずにバーナビーは足早に部屋を立ち去った。









つづく

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