本屋パロシリーズ

□鏑木書店へようこそ!10
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店の奥から懐中電灯を持ち出し、虎徹は人気のない夜道をひたすら歩き続けていた。
先ほど実家へ今日は帰れないかもしれないと伝えると、母にはお節介も程々にとくぎを差された。
娘の面倒を任せきりにして悪いとは思いつつ、虎徹の性分なのでこればっかりはどうしようもない。
それに、と見上げた夜空から丸い月が見下ろしてくる。

(ここで放り出したら、あいつに怒られそうだもんな)

心の中に残る面影にそっと尋ねると、その最愛の人が笑った気がした。





町外れの一角に小さな裏山がある。
普段、あまり人が訪れないその場所は実は絶好の天体観察エリアで、頂上の開けた場所には小さな公園も作られている。
昼間は子供達が訪れ、夜はカップルの憩いの場として地元の住民に親しまれるその公園を目指して虎徹は足早に歩いていた。
恐らく、バーナビーはこの先にいる。
その直感に突き動かされるように虎徹は先を急いだ。
ポツポツと街灯もあり、整備されているとはいえ夜の山道は暗い。
もしもの時を考えて持ってきた懐中電灯で時折周囲を照らしながら歩いていた虎徹の前が突然開けた。

「‥ここに来るのは久しぶりだなぁ」

公園に足を踏み入れた虎徹は感慨深げに呟く。
見たところ、周囲に人影は見当たらない。
近頃はあちこちに娯楽施設が充実しており、公園を訪れる人が減ったとは聞いていたがその噂は本当だったようだ。

「さて、迷子のウサギちゃんはどこかな?」

キョロキョロと辺りを見回していた虎徹は公園の隅のベンチに黒い人影を見つけた。

「あれか…」

目を凝らすと、それはやはり見慣れた高校の制服だった。
懐中電灯を消し、驚かさないようゆっくりと歩み寄る。

「こんな時間にそんなカッコでお散歩とは、あんまり感心できねーな」
「オジサン…なんで?」
「何でって、みんな心配してんぞ。お前がいなくなったって」

ベンチの隣に腰掛けた虎徹の言葉に、バーナビーは苦い表情を浮かべた。

「…なんで、僕がここにいるって分かったんです?」
「そりゃあ…」

黙って虎徹が空を見上げる。

「ここはさ、この辺で一番空に近いんだ。でもって、今夜は満月だろ。お前がいるのはきっとここだと思った」
「……」
「それに、俺もそうだったからさ」

虎徹の言葉にバーナビーが彼を見た。
静かにそう告げた虎徹の横顔はひどく寂しげだ。
何か言わなければと思うのに、こんな時に限って言葉が浮かんでこない。
いつもの憎まれ口さえ返せない自分が、バーナビーにはひどくもどかしくてたまらなかった。

「なあ、なんで店に来なかったんだ?」

短い沈黙の後、虎徹が不意に問いかけた。
黙り込んだままのバーナビーは何も答えない。

「…あなたこそ、なんであの絵本の作者だって教えてくれなかったんですか?」

やがて、硬い声でようやくバーナビーが口を開いた。
視線を足元に落とした彼の、膝の上で組まれた手がかすかに震えているのを見て虎徹はああ、と声を上げる。
バーナビーがなぜ店に来なくなったのか、理由が自分にあったことに初めて虎徹は気づいた。

「そっか、ごめんな。俺、先にお前に謝んなきゃな」

まっすぐに自分を見つめる虎徹の視線を感じる。
今すぐこの場を立ち去りたい。
そんな衝動に駆られながらも、バーナビーは次の虎徹の言葉を待った。

「あの絵本の作者が俺だってこと、黙ってて悪かった。ごめんな。でも、別に隠すつもりはなかったんだ」

頑なに冷え切った心まで届くようにと虎徹は必死に語り続ける。

「あの絵本が大好きだって言ってくれて、大事にしてくれてるって知って、俺ほんとに嬉しかった。だって、あれは死んだ奥さんとの最後の思い出だから…」
「え…」

穏やかな表情で自分を見る虎徹をようやくバーナビーも見つめ返した。

「俺の奥さんが5年前に病気で死んだっつー話は前にしたよな」
「‥はい」
「あいつも時々は俺の絵本の仕事手伝ってくれてたんだけど、突然訳の分かんねえ病気になっちまってな…」

淡々と語る虎徹の口調から、感情の揺れは見られない。
が、かえってそれが深い悲しみを思わせてバーナビーには痛々しく感じられた。

「手を尽くしたんだけどどうにもならなくって。んで、先が長くないって医者から告げられた時、」
「…ッ」
「あいつ、俺と子供に何か残したいっつって話を書いてくれたんだ」
「‥もしかして、それがあの絵本だったんですか?」
「そうだ」

バーナビーの問いに、虎徹は静かに頷いた。








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