長編3

□帰ってきた王子様(R)
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途端に隣からピリピリとした険悪な空気を感じ取り、虎徹はうっと息を詰まらせた。
大股で近づいてくる男を牽制するようにバーナビーが虎徹の前に出る。

「…あなた、どっかの金持ちに雇われてここを辞めたんじゃなかったんですか?」
「んー、俺もそのつもりだったんだけどよ。どうしてもアポロンに残ってくれって頼まれちまったからなあ」

チッチッチッと人差し指を唇の前で揺らしてライアンが言う。

「美人の頼みごとってのは断れねーだろ?」

アニエスの命令だから従えと言わんばかりの口振りに、バーナビーは悔しそうな表情で奥歯を噛み締めた。

「さあ、分かったらさっさと契約書にサインしてくれよ。ジュニアくん」
「くッ…」

対するライアンは勝ち誇ったかのように腕組みしながらバーナビーを見下ろしている。
二人の間に一瞬見えない火花が散った気がして、虎徹は慌てて頭を振った。

「…あの、ロイズさん?」

コソコソと話しかけられたロイズが「なに?」と不機嫌そうに虎徹を見る。
ここ1週間ほど神経をすり減らし続けた彼の胃は限界に達し、今は薬で何とかもっている状態だ。
虎徹には悪いが、これ以上の厄介事はできれば御免こうむりたいと言うのがロイズの本音である。

「俺、こいつらとうまくやってく自信ないっすけど」
「そこを何とかするのがベテランの君の仕事だろ?」
「……」

ああ、また丸投げかよ!そんな感情が思わず顔に出た。
厄介事から逃れたいのは虎徹とて同じなわけで。
アニエスも目の前の上司も、一度この苦労を味わってみやがれ!
…と心の中だけで悪態をつく。
超がつくほどマイペースな若者二人に囲まれた己の今後を想像し、すでにげんなりと疲れ切った虎徹だった。



「さてと、とりあえず俺とオッサンはオフィスに戻るとするか」
「へ?」
「あんたはその契約書にゆーっくり目通してサインするこった。じゃあな」
「ちょ、おい…」


睨むバーナビーを見事に無視したライアンは「行くぜ」と虎徹の肩を抱いて部屋を出て行ってしまった。

「……」
「…契約条件の詳しい説明はどうする?バーナビーくん」

今にも能力発動しそうなバーナビーにロイズが恐る恐る声を掛ける。

「…ペンを」
「はい?」
「ペンを貸して下さい!」

反射的に差し出したロイズの手からペンをひったくると、バーナビーは書類にざっと目を通し、すごい勢いでサインした。

「これでいいですね?では失礼します」
「…ああ、これからもよろしく」

そう言って右手を出したロイズには目もくれず、バーナビーもまた一目散に部屋を出て行った。
残されたロイズはけたたましく閉められたドアと空しく宙に浮いたままの己の右手を交互に見つめる。

(こんな状態で、この先ちゃんとやっていけるのかねぇ…)

考えれば考えるほど不安は募る。
ハァーとため息をつけば、治まりつつあった鳩尾の辺りがまたキリキリと痛み始めた。





つづく
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