長編

□君と歩きたい
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ビルを出て空を見上げる。
「ヒーロー引退ってか…」
いつもと変わらない日常のはずが、今の虎徹には何もかもが違って見える。
歩道を歩き始めた虎徹の背後から軽くクラクションが鳴り響いた。
振り返ると先に帰ったはずのバーナビーが窓から身を乗り出し、彼を見ている。
「送っていきますよ」
開け放たれた助手席のドアに断る理由が見つからず、仕方なく虎徹は静かに車に乗り込んだ。
「何を言われたんです?」
車を発車させるとバーナビーは何気なく、そう訊ねた。
「ん?」
「ロイズさんに呼ばれてたでしょ?」
「あ、ああ。いや別に何でもねーよ」
らしくなく、素っ気ない口調にバーナビーの眉が潜められる。
「どうかしたんですか?まさか、とうとうクビになったとか言うんじゃないでしょうねぇ」
瞬間、虎徹の体が微かに揺らいだのをバーナビーは見逃さなかった。
「…答えてもらえませんか?僕は冗談のつもりだったんですけど、事実なら社に戻って確認を」
「いやいや、待て待て」
今にも車をUターンさせそうなバーナビーを虎徹が止める。
彼は表情を隠すように帽子を下げると、深いため息をついた。
「クビじゃないけど…」
「……」
「似たようなもんかな」
力ない自嘲の笑みを浮かべる彼はバーナビーの知る虎徹ではなかった。
「行き先、変更してもいいですか?」
「ああ?」
「僕の家で飲みながらゆっくり話を聞かせてもらいます」
「あー、悪い。今日はそんな気分じゃ‥」
「今のあなたを一人にはできない、いえ、僕がしたくない」
いつもより柔らかい口調で告げられて、虎徹は再度ため息をついた。
「あなたがいつも僕に言ってることです。コンビなんだからって。あなたの問題は僕の問題でもあるんですよ、虎徹さん」
「…ズルいや、バニーちゃん」
ジェイクとの一件以来、バーナビーは虎徹のことを時々名前で呼ぶ。
そう呼ばれると虎徹が逆らえないことを知って、あえて名前で呼びかけるのだ。


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