捧げものと企画文

□Rhapsody in Baby(微R)
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「おい!どうすんだよ?泣いちまったじゃねーか!」
「僕のせいにするんですか?」

険悪なムードの二人にかまうことなく、赤ん坊は泣き続ける。

「‥おー、よしよし。いい子でちゅねー」

恐る恐る抱き上げ、あやし始めた虎徹を見てはバーナビーも動かざるを得ない。
彼もまた軽く深呼吸し、気持ちを切り替えた。

「‥確か、こないだアニエスさんが持って来てくれたベビーグッズがまだ残ってたと思うんですが」
「そりゃ助かる」
「すぐに見てきます」
「頼む」

短いやり取りの後、どこからともなく現れたベビー用品に虎徹はホッと胸をなで下ろした。

「オムツ‥は汚れてなさそうだし、やっぱミルクかな。おい、バニー!」
「何です?」
「お前、ミルク作って持ってきてくれ」
「は?ミルク‥ですか?」
「‥あー、やっぱいい。俺が作ってくるから、その間ちょっとこの子預かっといてくれ」
「え、あ‥はい」

一瞬不安そうな表情を浮かべたバーナビーに赤ちゃんを託して、虎徹はキッチンへと駆け出す。
赤ん坊はまだぐずってはいるものの、抱かれた腕のぬくもりに安心したのか先ほどよりはだいぶ大人しくなっていた。

「泣かないで。ミーシャ‥」

不器用な手つきで体を揺らしながら優しく語り掛ける。
すると、腕の中の小さなレディはじっとバーナビーを見つめ返した。
淡い金髪にライトグリーンの瞳の彼女はどことなく彼に似通っている。

「やっぱ、お前に似てねえ?」

見とれていると不意に上から声が降ってきて、バーナビーは声の主を睨み上げた。

「冗談だって‥」

バーナビーの腕から手渡された赤ん坊にミルクをやりながら、虎徹は軽く肩を竦めてみせる。

そうこうしているうちにお腹がふくれて満足したのか、ミーシャは虎徹に抱かれたまま眠ってしまった。







「この後どうする?」
「どうするも何も、警察に届けるしかないでしょう」

しばらく二人で寝顔を見つめていたが、虎徹から切り出された問いにバーナビーは即答した。

「‥やっぱそうだよなあ」

重々しい口調で虎徹がため息を吐く。

「また何か余計なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「いやさ、メモには『少しの間、預かって下さい』って書いてあったんだろ?」
「それが何か?」
「なら、すぐに迎えに来るかもしれねーし、明日一日くらい俺達で‥」

またお節介が始まったとばかりにバーナビーは天を仰いだ。
明日は珍しく揃ってオフ日なわけで‥。
誰にも邪魔されずに二人っきりで過ごそう、そう考えていた彼にとってはとんだ誤算だ。

「却下します」

間髪入れずに返事をしたバーナビーに虎徹は口を尖らせる。

「こういうことはきちんと警察に届けて対応を任せるべきです」
「そりゃそうなんだけどさ。警察に届けて大事になっちまったら、逆に出て来れなくなるってことはねーか?」
「それは…」

確かに虎徹の言うことにも一理はあると思ってしまい、バーナビーは我に返る。
彼のペースに巻き込まれてはいけない。

「お前だって、今から子育ての経験しておくのも悪くねーと思うぞ」
「そんなの、…僕には必要ありませんから」

一瞬、虎徹の瞳が悲しげな色を浮かべたのにバーナビーは気づいた。
だが、あえて知らぬフリをする。
仕事上のパートナーという関係から恋人同士になったことで、若い相棒の未来を奪ってしまったと思い込んでいる彼の罪悪感はいつになれば消えるのだろう。

「…分かりました。ただし、明日一日だけですよ。夜になっても迎えが来なければ警察に届けます」

渋々といったバーナビーの言葉に、虎徹はようやく笑顔を見せた。
こうして二人だけで過ごすはずだった甘い休日は、育児休暇へと姿を変えたのだった。


***


次の日、虎徹はバーナビーが驚くほどかいがいしくミーシャの世話を焼いた。
彼女が泣く度に汚れたオムツを取り換え、ミルクを飲ませ、挙げ句の果てには子守歌まで歌ってやる始末だ。

「ちょっと、意外でした」
「何が?」
「あなたがこんなに育児に熱心だなんて」

確かに子煩悩だとは思っていたが、ここまでとはバーナビーも想像していなかった。

「…楓ん時は嫁さんに任せっきりだったからな」

ポツリとこぼされた言葉には後悔が滲む。
虎徹にとって、妻を失った喪失感はまだ痛みを伴う過去なのだ‥と。
そう気付いたバーナビーの心もまた、かすかに痛んだ。

「マ‥マ、マーマ」
「おい、バニー!今こいつ、俺のことママって言ったぞ!」

ミーシャを抱き締めた虎徹が嬉しそうに叫ぶと、満面の笑みで振り返る。

「おじさんがママねぇ‥」

苦笑したバーナビーが腕の中を覗き込めば、今度はたどたどしい小さな声が聞こえてくる。

「パパ、パ‥パ」
「バニーはパパだとよ」

楽しそうに笑う虎徹につられてバーナビーも笑顔を見せる。
穏やかで、優しい時間が流れてゆく。

「幸せって、こんなありふれたことなんですね」
「‥そうだな」

永遠に続けばいいのにとの願いもむなしくやがて鳴り響いた玄関チャイムの音で、二人はこの育児休暇が終わりを迎えたことを瞬時に悟った。




結局、夫婦喧嘩の末に妻が子供を置いて家を飛び出したのだという同じマンションの若夫婦が迎えにやってきて、赤ん坊は無事に両親へと手渡された。
反省して泣きじゃくる母親に抱かれミーシャは終始ご機嫌だったが、二人がバーナビーに説教されたのは言うまでもない。


「帰ったのか?」
「ええ」

静まり返ったリビングのチェアに座ったまま尋ねた虎徹の声はどこか寂しそうだ。

「見送らなくてよかったんですか?」
「お前が預かったんだ。それを俺は手助けしただけだからな」
「まったく‥素直に寂しいって言えばいいのに」
「‥うるせー」

クスッと笑ったバーナビーが虎徹の前に立つと、彼を見下ろした。

「おじさん‥」
「ん?」

ゆっくりと下りてきた唇が重なり合う。
虎徹の膝の上に乗り上げたバーナビーの口づけは次第に大胆なものになってゆく。

「‥んっ、ふ‥」

啄むようなキスがやがて貪り合うような激しいものへと変わる頃、ようやく彼は虎徹を解放した。
バーナビーも虎徹も息を荒くして互いを見つめ合う。

「このまま子作りに励みましょうか?」

悪戯っぽく笑うバーナビーにバーカ、と虎徹が応える。

「冗談はさておいて、僕の愛を疑った罰です。今夜は覚悟して下さいね」

告げられた言葉に一瞬目を見開いた虎徹だったが。

「‥バカだな、お前」

苦笑し、そう呟いた。

でも‥ありがとな、と続いた言葉にバーナビーはたまらず虎徹の体を抱き締め、そしてもう一度キスをした。






おわり




※楽しんで頂ければ幸いです。この度はリクエストありがとうございました!


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