NOVELS

□家兎3
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※嘔吐表現がありますが、本当にちょっとしたものです。


むずむず編



虎徹の分まで朝食を平らげたバーナビーだったが、残念ながら彼の胃は久々のまともな食事を受け入れることが出来なかったらしい。
食べ終わってすぐ「気持ち悪い…」とトイレに駆け込んで、結局全て嘔吐する羽目になってしまった。

「……すみません。ご迷惑をおかけして」

虎徹に背中をさすってもらいながら、徐々に落ち着きを取り戻していくバーナビー。しかし冷静になるにつれ、また恥ずかしさが顔を出してきてしまって、感情を抑えようときゅっと唇を結んだ。

「ごめんなさい……」
「そんな気にすんなって!バカ食いしてたのにろくに止めもしなかった俺も悪いんだし」
「いえ、そんなことは……」
「大丈夫か?まだあんまし顔色良くないけど」
「はい……すみません……」

せっかく彼が、自分のために用意してくれた食事だったのに。「おいしい」とも素直に言えなかった上、あろうことか戻してしまうなんて。そんな自分が情けなくて、悔し涙のようなものがツン、と鼻をついて、話そうにも鼻声になってしまう。

「その……前の所では、あんま食ってなかった感じ?」
「……はい……」
「ん、そっか……」

虎徹は一瞬しゅん、と視線を落とすと、何も言わずに少し頬笑んで、今度は背中ではなくバーナビーの頭を優しく撫で始めた。しかしそんな虎徹の手の温かさに、バーナビーは堪えていた涙をついに溢れさせてしまった。

「ふ、っ……ごめな、さっ……ごめん、な、っさいっ……!」
「だっ!もーいちいち謝んなって!」
「で、もっ……せっかく、ごは、んつ、ヒック、つくって、くれたのにっ……ぼく、は、はいちゃっ、てっ」
「あーあー」

バーナビーは長い耳を震わせ、綺麗な顔をくしゃくしゃにして嗚咽を漏らし続ける。何だか痛々しいようなその姿に、虎徹は頭を撫でていた手でその肩を抱き寄せる。泣きじゃくる彼の頭を自分の肩に載せさせ、またあやすようにポンポン、と撫でた。

「またいくらでも作ってやるから、気にすんなよ」
「で、もっ、」
「あんなに美味そうに、俺が作ったもん食ってくれたじゃん。俺、嬉しかったよ?」
「、っ、でも」
「あーもう!『でも』は禁止!あと悪くもないのに謝るのも禁止っ!」
「っ……」
「いーな?」

促されるままに、バーナビーはしゃくりあげながらも大きく頷いた。それに虎徹は「よし!」と笑うと、へたり込んでいたトイレの床から、バーナビーの手を取って立ち上がらせた。

「疲れたろ?吐くのって結構体力いるしな、ソファで休もう」
「っ、いえ、大丈夫です」
「いいからいいから、テレビでも見ようぜ」
「……はい」

また気を使わせてしまった。あまり経験した事のない優しさに次々触れても、謝る事しかできない自分が恨めしい。バーナビーは俯いて、ひそかに顔をしかめた。



***



「これ、おじさんですよね?」
「へ?」

リビングのソファに座らせてからも、バーナビーはずっと落ち込んでいた。そんな彼が突然話しかけてきたので、虎徹は洗い物をしていた手を止め、慌ててバーナビーを振り返った。
彼が指差した先で流れていたのは、HERO TVの再放送だった。

「これです、この青いの」
「あ……ああ、まあそうだけど……な、何で分かったんだ?」
「自分で言ってたじゃないですか。『俺はヒーローなんだぞ』って」
「そりゃ言ったけど……」

今放送しているのは、先週工業地区で起きた薬品ラボの爆発事故のダイジェストだ。割と大規模な火事で、各社ヒーロー全員が出動したため、画面には各々の活躍したシーンが代わる代わる映されている。なのにどうして、青のスーツが虎徹だと分かったのだろうか?

「俺、自分がワイルドタイガーだって言ったっけ?」
「動きで分かるでしょう。明らかにこの中で一番ドジっぽいですし、体格や歩き方も同じだ……あと髭」
「ドジっぽいって何だよ!つか今ナチュラルにおじさんって言ったよな!?誰がおじさんだ誰が!!」

吠える虎徹をよそに、バーナビーは炎の中を駆け回るワイルドタイガーの映像を、食い入るように見つめた。

「なんだよ、んなに見られちゃ恥ずかしいだろー?」
「……本当に、ヒーローだったんですね……」

画面に目を奪われながら、バーナビーはうわごとのような、虎徹に聞こえるか聞こえないかの声でポツリと呟いた。

「へ?何?」
「……何でもないです」
「?あ、もしかして俺の格好よさに見とれちゃった感じー?」
「そんなはずないでしょう」

バーナビーが即答したため、虎徹は「何だよ!」と頬を膨らませたが、内心ホッとしていた。冗談(?)を言える程には、回復したらしい。
洗い物を終え、ホットミルクとコーヒーを持ってバーナビーの隣に腰を下ろすと、虎徹は頼みもしないのにヒーロー達についてのレクチャーを始めた。

「このムダにでかいのがロックバイソン、一応俺の親友だ、一応。で、今ドアを蹴破ったのがドラゴンキッド。まだ小さいのによく頑張ってるよ、ホント。んでその後ろにいるのがファイヤーエンブレム、中身はこわーいオカマさんだ……。そんで、氷を自由に操れるブルーローズ……何か最近、俺にも冷たいんだよね……で、ちょいちょい皆の後ろで見切れてるのが、日本大好き折紙サイクロン」
「はぁ…」
「そんでもって、上から取り残された作業員を捜してるのが、キングオブヒーローのスカイハイだ!覚えた?」

一通り紹介して、反応の薄いバーナビーの横顔をニヤリと盗み見る。こんな一回説明しただけで覚えられるはずないでしょう、と冷たくあしらわれるのを期待して聞いたのだ

が。

「……ドリルを付けているのがロックバイソン、中華風な少女がドラゴンキッド、真っ赤なマントがファイヤーエンブレム、氷を使える女性がブルーローズ、見切れているのが折紙サイクロン、キングオブヒーローのスカイハイ………と、オジサン」
「オジサンじゃねえ、ワイルドタイガーだっ!じゃなくて!……お前、ヒーローの事詳しいの……?」
「いいえ。存在は知っていましたが、実際に見るのは初めてです」
「え、じゃあ今のだけで全員覚えたのか!?」

しれっと答えるバーナビーに、虎徹は目を丸くした。

「ええ、まあ………それが何か?」
「何か、って……お前、すごい記憶力だな!すげえ!」
「え」

驚く虎徹に、バーナビーが逆にびっくりする。好奇の目、しかしキラキラした、純真で無邪気な瞳。こんな視線、今まで受けたことがない。バーナビーは何だか落ち着かなかった。自分にとってはこれくらいは普通だし、そんなにすごい事だとは思っていない。

「……別に普通です」
「普通なもんかって!俺には絶対ムリ!」

否定するバーナビーに構わず虎徹はすげえすげえを連呼する。どうやら褒められているようで、バーナビーはとても嬉しくなった。容姿以外を褒められるなんて、きっと生まれて初めてだ。くすぐったくて、腹の奥がモゾモゾ動く。
そんな自分を悟られたくなくて、バーナビーはつい強気の反撃に出てしまう。

「僕の名前も覚えてませんもんね。まあ仕方ありませんよ、オ・ジ・サ・ンは」
「オジサンは余計だっつの!!」

頬を膨らませて怒る虎徹に、バーナビーはクスクスと笑みを漏らした。

「お、やっと笑ったな!」
「え?」
「よかった!ちょっとは元気出てきたか?」

にっ、と歯を見せて自分の回復を喜ぶ虎徹に、バーナビーは不意打ちを食らう。

「うん、やっぱり笑ってた方がいいよお前。絶対かわいい!」
「かわいいって何ですか!」
「あ、怒っちゃだめだろ〜」
「怒りますよ、って、な、なにふゅるんれふふぁ!」
「なにひゅるんれふふぁ〜!」
「まねひにゃいれふにゃひゃい!」
「え〜?バニーちゃん何言ってるのかわかりましぇーん!」

笑え笑え、と両手の親指と人差し指でバーナビーの頬をつまんで引っ張る虎徹。しかしそんな彼にに抵抗しつつも、経験したことのない、しかし心地の良い喜びを感じて、虎徹にされるがまま、バーナビーはまた小さく笑い始めた。
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