ハリー・ポッター短編
□For whom...For you...
1ページ/1ページ
ねぇ、これって貴女を騙してることになるかしら?
眠る貴女に内緒のキス…
わたしの努力に免じて 少しくらい許してくれるわよね?なーんて。
For whom...For you
「うぅー…わかんなーい…」
アヤメは思い切り羊皮紙に突っ伏した。
「どの問題?ああ、それなら…ここをこうするのよ」
アヤメが大奮闘した末屈した問題を、リリーはさらさらと解いてみせる。
顔だけをあげてリリーの羽ペンの先を見つめていたその顔は、やがて納得の色へと変わった。
「なるほどっ!」
目をキラキラと輝かせて アヤメは羽ペンを持ち直した。
そして 書き終えた文字列を リリーに見えるように動かすと 首を傾けて尋ねた。
「こう?」
一通り目を通し終えるとリリーはアヤメに微笑みかける。
「うん、正解!すごいじゃない アヤメ」
「やった…!リリーありがとう///」
ほんの少し頬を赤らめて 嬉しそうに笑うアヤメ。
(この子ったら…本当に可愛らしいんだからっ////)
リリーはにやけそうになる口元を緊張させた。
(でも…)
「アヤメ、ちょっと」
「?」
疑問符を浮かべた顔を リリーは指で擦った。
「もうっ…インクがついちゃってるわ。」
「え…///」
慌てて リリーを真似るように擦ると 指先が黒ずんだ。
「ほんとにしょうがないんだから…」
リリーが鞄から真っ白いハンカチを取り出すと、アヤメは慌ててリリーを制した。
「だめだよ!ハンカチ汚れちゃうっ」
焦るアヤメを余所に リリーは冷静なまま。
「いいのよ。ほら大人しくして」
「っふむぅ!?」
長い指でアヤメの両頬を摘む。
「アヤメったら変な顔〜」
くすくすと可笑しそうに笑われアヤメは反抗する。
が、リリーは構わずアヤメの鼻先を拭った。
「ひゃめへよぉ〜」
「はいはい。もう少し〜♪」
あまりに楽しそうな姿に 負けたアヤメは大人しく拭かれることにした。
「おーわりっ」
―――…チュッ
「え…///」
弾けるような音に アヤメは解放されたばかりの頬を押さえた。
「リリーっ!?///」
「アヤメったら可愛い〜♪」
リリーは小柄な身体を抱きしめて ほお擦りした。
「うぅ…恥ずかしいよ、リリー///」
「はいはいっ」
名残惜しげにしながらも リリーは腕の力を弱めた。
涼しい顔のままでいるリリーを見詰めてアヤメは思う。
(きっとイギリスではこれくらい普通なんだよね…)
そう 自身を納得させればさせるほど、大袈裟な反応をしてしまったのではないかと 更なる恥ずかしさに襲われる。
行く宛てのない恥ずかしさと共に ちょこんと座ったままのアヤメをそっと撫でて リリーは笑った。
「さ、明日の学年末試験に備えて寝ましょ?」
「…うん///」
教科書も羊皮紙も全てしまい込んで ふたりは“おやすみ”の挨拶を交わす。
ほんの少しの間を空けて、暗闇のなかに リリーの囁き声。
「アヤメ…?」
しかし 呼び掛けた先のベッドは沈黙したまま。
「アヤメ…もう寝てしまったの…?」
リリーは 音を立てないようにそっとアヤメのベッドの縁に歩み寄ると 闇に溶けてしまいそうな黒髪を 普段と変わらぬ優しい手つきで撫でてみた。
「お疲れさま、アヤメ。」
そして黒く汚れたハンカチに目を落とす。
寝息を立てる 愛しい横顔に口づけて リリーは囁く。
「ハンカチは…これで許してあげる。」
悪戯に微笑み、ベッドから手を離す。
そっと小さなランプに火を点して、仕舞ったばかりの勉強道具を取り出した。
「わたしはもう少し頑張るわね?」
―――…だって いつまでも貴女に頼られる存在でありたいの。
―――…そのための努力なら 決して惜しむものですか。
END...