男と狂気、猟奇と息子

□第3話 無垢
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「待って、父さん!」

 だが、そんな抵抗も空しく終わる。弘樹はバタバタと足音を立てて俺の自室まで押し入ってきた。

「嬉しくないの? 父さんは……俺に壊されて、嬉しくないの?」

 悲しげな顔で弘樹は問い詰めてきた。大きな黒目が潤み、まっすぐに俺の目を見つめていた。だけど、答えはもう決まっていて。

「嬉しいわけないだろ! 俺は……マゾじゃない」

「じゃあ、俺は何を壊せばいい? 壊したら、父さんは喜んでくれるでしょう?」

 弘樹は邪気の無い目で更に問う。

「何も……何も壊さなくていい。だから――」

「壊さなかったら、父さんを喜ばせることが出来ない」

 俺の言葉を弘樹は強く否定する。裏表の無いその言葉を受け、俺は少し弘樹の要求を断るのに戸惑いを抱き始めた。けれど、これ以上家のものを弘樹に壊されるわけには行かなかった。

 しばらく葛藤した末に、俺が選んだのは……。


「……分かったよ。俺を、思う存分壊せよ」

 俺の身体を犠牲にすることだった。


 さっきの弘樹の暴行は確かに本気だったかもしれないが、気が済むまで俺が堪えればいいだけの話だ。どうせ、後のことなんてどうとでもなる筈なんだ――。

「……父さん」

 弘樹が僅かに目を見開いて、俺を見た。そしてその後すぐ、小さく俺に向けて頷いて見せた。

 その直後だった。

 弘樹は突然、俺の脇腹を強く蹴った。

「っぐ……!」

 出そうになった悲鳴を、俺は何とか堪えた。薄暗い自室の床に、俺の身体が転がる。

 そして、床に転がった俺に近づき、弘樹は――。


 俺の掌を、靴下越しに強く踵で踏みにじった。




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