歯車T
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「ロイさん?起きてますかー?」
...
「ロイさーん、あーさでーあすよー。めっちゃいい天気でーすよー。」
...
「...おかしいな、絶対起きるって言ってたのに。まあ疲れてるんだろうしな。ご飯並べ終わったらたたき起しに来よう。」
...!?
自分を呼ぶ、可愛い声に目が覚めた。
まだ慣れるはずもない和室で迎える朝に、あぁ昨日のことは夢じゃなかったんだと思った。
やはり最初に声をかけるときは高く控え目になるのは気遣い屋なひとみの癖なんだろう。
すぐに返事をしようと思ったが、気に食わなかった。
せっかく名前で、敬語でなく話してくれるようになっていたのに、また元に戻っている。
自分で気付いて直してくれないかと思っていたら、不意に物騒な言葉が聞こえた。
たたき起す??
ひとみになら何をされてもいいとも思えるが、何分無邪気で子どものような面もあるから程度が測り知れん。
傷が悪化したら面倒だな...
キッチンに向かったであろうひとみを追おうと、布団をでた。
カーテンのないこの部屋は、日の光が一面に入ってきて、新しい朝が来たことを主張している。
こんなに目覚めがいいのはいつぶりだろう...
キッチンに向かう前に先に洗面所へ行き、顔を洗う。
「あれ、起きてたんですか?」
自分に向けられる声に、タオルから視線を移動させた。
「おはようございます。よく寝れました?」
「...」
「ロイさん?」
「...おはよう。」
「...ロイさん?調子悪い??」
心配そうに近づいてくる彼女に、子供かと自分を叱咤し、心配させないよう素直に伝えた。
「いや、すこぶるいいよ。...すまないね。また敬語に戻ってると、距離を感じて少しショックだったんだ。」
「あぁ”ごめんなさい!!」
「いや、そんな謝らないでくれ。」
「だってショック受けさせちゃった...癖ってなかなか抜けなくて...気をつけます。指摘ありがとう。またなにかあったら遠慮なく言ってね。ごめんね。」
...なんて人の心に敏感なんだ。
返って私がひとみを傷つけてしまった。
「こちらこそすまない。
感情がこんなにでるなんて自分でも驚きだよ。ひとみとの距離が近づいたのが嬉しくとも...まだまだ未熟だな。」
「ロイが未熟なら私はヒヨッコにも及びませんよ。私の方が年上なのに...面目ない。
だから、何かあったら、今みたいにいってね。言うことが未熟なのなら、未熟なままの方がいい。少しでも辛い気持ちを飲み込んでしまわないでね。」
苦笑いする私に、ひとみはまた微笑みながらあたたかい言葉をくれる。
ひとみがヒヨッコなわけがない。もしそうなら私は卵から孵ってすらいないよ。でなければ、私はこんなに彼女に救われていない。弱音を吐いてしまいそうになる。それを望んでくれていたとしても、今吐き出してしまうと、立てなくなってしまいそうだ。だから、今はストップをかけた。
これだけ人の心を揺さぶり、包み込む力を持っていることを自分で気がついているのだろうか。
昨日私に言ったことを言い返してやろうか。「自分を過小評価し過ぎだ」と...。
「ひとみも、何かあれば言ってくれ。文句でも手伝いがほしいでもなんでも。」
喉まで出かかった言葉を飲み込み、こちらも二ヤリと笑いながらそう言って、それまであった空気を払拭すると、笑顔を取り戻し、「朝食ができている」とダイニングへと私の手を引く楽しそうなひとみに安堵の息がもれた。彼女には笑顔が似合う。笑っていてほしい。自然とそう思えた。
「楽しみだな。昨日の夕食は本当に美味しかったから。今日も和食かい?」
手をひかれ、後ろからひとみを追いかけながら、待ち受けている朝食に心が躍らされた。
うむ。
ひとみはいい嫁になるな。