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タンッ

ガタッ



急いで和室に戻り、振り返りもせずに襖を後ろ手にしめる。
そのまま襖に背を預けると力が抜け、そのまま座り込んでしまった。



よかった。

大切な、恋しい、焦がれてやまない相手、私を唯一盲目にしてくれる人は
あなたなんだと
ひとみなんだと
言葉が口から溢れ出してしまいそうだった。



もし言えたなら、少しは私を見てくれたか?

弟でしかない、兄や父でしかない、家族のような存在から、一人の男として少しでも意識してくれるようになっただろうか?

言いたい。

伝えたい。

でも言いたくない。

もっと自分の首を絞めるだけだ。
それになにより、彼女をも苦しめることになる。

そんなことわかっている。

純粋に私の幸せを願ってくれるひとみに、
幸せになってほしい彼女に、
そんなことを言わずにすんでよかった。

私の幸せはあなたの幸せだ。






集中しよう。


集中集中。


深呼吸を繰り返し、気を静める。


爆発に巻き込まれて気を失い、目を覚ますと私の知らない世界。
私周辺の話が物語として本になって存在しているらしい世界。
ひとみ以外には見えんし触れられん現実。
知らん間に縫われ、処置されていた傷口。


ほらみろ。

理解できない、考えなければならないことだらけではないか。

耳を塞ぎ
感情を殺し
目の前に広がる本やPCから情報収集を開始した。





...





「は!?」



集中していると、隣の部屋からひとみの大きい驚きを滲ませた声が聞こえてハッとした。

何かあったのか!?

急いで襖を開け、彼女のもとに向かおうとしたら、その驚きの声に続いて、なにやら会話が聞こえてきた。


「『は!?』ってなにをそんな驚いとんねん。」

「だってそんなん急に言われたらビックリするし恥ずかしいし。」

「いまさら恥ずかしがらんでえーやん。もー何回一緒にはいっとんねん。」

「そりゃ久しぶりだし...」

「えーやん。なおえーやん。よし。風呂入る。一緒に入る。決定。」

「...とりあえず沸かしてくるね。」



...



襖にかけた手から力が抜ける。

一緒に聞こえる少し変な訛りのある男の声は和真のもの。

驚きのあとに、恥ずかしさと少しのあきれの色を感じさせる声はひとみのもの。


あぁ、


そうか。


そうだな。


今はあの男がいる。


ひとみと想い合い、ひとみは自分のものだと胸を張って言える男がいる。

あの男がいる間は、ひとみの笑顔はあの男が守る。


私が守る必要はない。


私は必要ないんだ。




ギリッと音がする。

力の抜けていたはずの掌には再び強い力が入っていた。




そうか。

あの広くはない浴室に二人、何も身にまとわず入るのか。

ただ一緒に入るだけでは終わらんだろうな...

そう考えていたら案の定、聞こえてきた言葉に心臓が握り潰されたかのように激痛が走り、視界が真っ暗になった。



「ひとみー!」

「なにー?」

「今日やるからー!」

「!?」

「今日やるからなー!」

「声おっきすぎ!!」



なぜ私の集中力はさっき切れてしまったのか...

なぜこのようなところばかり聞いてしまうことになるのか...


あの男は、ひとみに想いを寄せる男がここにいると知ってあんな大きな声で言うというのか?

「風呂に一緒に入る」→「今日やるから」

これは今夜、二人が体を重ねて愛し合うということと同意だろう。

久しぶりに再会した昨日は何もなかったんだ。
今日ソレが行われるのも愛し合う二人がいるならごく自然なこと。

そう、愛し合う二人がいれば...



お互い愛しむ者同士、
愛し合う行為を行えるということは、何よりとても幸せなことだ。


ひとみは今夜、久しぶりの大きな幸せを感じれるのだろう。


いいことじゃないか。


私の幸せはひとみの幸せだ。


そう思う気持ちに嘘はない。





彼女は今幸せなのだと思うのに

どうして私は今、幸せだと感じることができないのか。

どうして息ができないほどの苦痛を感じているのか。

どうして心がこんなに悲鳴をあげているのか。




頬を流れる透明な雫と
掌から垂れる赤いそれが
少しずつ
畳を濡らした。
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