歯車T

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リビング、ダイニング、キッチン、洗面所、トイレ、ひとみの寝室に浴室...軽く家の中の案内、説明のあと
「とりあえずゆっくり休んでください」
とリビングの隣にある部屋に案内された。

ひとみに借りることになったその部屋は和室という名らしい。他の部屋と雰囲気も違えば勝手も違う。椅子も机もベッドも何一つ置かれていない部屋に、いそいそとクローゼット?から大きな布を広げ、敷きだしたひとみ。敷かれたことでそれがやっと布団なのだと理解できた。

まだ夕方にも差し掛かっていないだろう明るい部屋で、勧められるがままベッドではなく、床に敷かれた薄手の布団に包まれて横になる。





横になりにくい。




なんでこんなに低いんだ。
いや、低いどころじゃない。高さはないも同然。
寝る体制になるために体に力が入り、傷口が少し痛んだ。
だか横になってみると、案外いいものだな。

床一面に敷かれている、草で編まれて作られているそれから変わった香りがするが、それは落ち着かない私の心を鎮めてくれる。

「この床は?」

「あぁ、これは畳っていうんです。私の国に千何百年前からある伝統的なもので、藺草っていうので編まれて作られてるんです。畳のある部屋は和室、他は洋室っていうんだけど...
ずっと他国と交流せず独自の文化築いてたんだけど、100年少し前に開国して色んな国と交流して影響されるようになって、伝統的な作りの家はずいぶん減りました。この家にも和室はここだけ...私和室大好きなんです。癒し効果ありません?」

「そうだな、いい香りだ。心が落ち着くよ。」

広くはないが、いい部屋だ。

他にも空き部屋はあったのに、あえてこの部屋を選んでくれたひとみに心の中で感謝する。

「夕飯の準備するんで、今は何も考えず少し休んで待っててください。食欲はありますか?」

「あまりないかな...何か手伝おうか?」

「何言ってんですか。ひどい顔してますよ。元気になったら手伝ってもらいますからそのためにも今は休んでください。あっさりしてて消化にいいもの作りますね。」

満面の笑顔でそう言って部屋をでるひとみに、すぐに「ありがとう」と伝えることができなかった。


ひどい顔か...確かにそうなのかもしれないな。


見たことのない文化
見知らぬ土地
どうしてこんな状況になったのか...


深呼吸をして部屋の香りを胸いっぱい取り入れる。

落ち着いた心で冷静に考えてみても一向に答えは浮かんでこない。


なぜ私はここにいるのか
どうやってここに来たのか
皆は無事なのか
そして
どうしてひとみ以外には触れられないどころか自分の存在も見えていないのか

応急処置の後にひとみから聞かされたことは、どうにも信じられないような内容だったが、いまの状況を考えるとそうも言っていられない。





誰にも声を聞いてもらえず
誰の視界にも入ることができず
誰にも触れることのできない手は
小さな希望もつかみとれないように、そこにいるはずの人の体を通り抜けていく

自分はどうなってしまったのか
ここはあの世とよばれるところなのか
あれだけの戦場で数えきれない人々を殺してきた自分には当然の報いなのかもしれない

そう絶望に打ちひしがれていたとき
大きな袋を提げて恐る恐る声をかけてきてくれたひとみはまるで天の使いに見えた。

弱弱しく、その眼にひめられた恐怖心に対し、怯えながらも戸惑いながらも、なんとか私を助けようと自分の家へ案内してくれる弱さから見え隠れする根にある強さに、打ちひしがれていた心は少し、現実を取り戻すことができた。
か弱い生き物だと思えば、急に芯のある力強さをみせつけられる。女性は奥が深いものだな...リザは無事だろうか...どうか生きててくれよ...






今日一日でいろいろなことがあった。
血は止まったものの体力はかなり消耗しているようで、心地いい寝具に眠りに誘われたものの、いくら考えても見つけられない答えに目はさえてくる。

いつ戻れるかわからないが、戻れた時のために少しでも回復しておかなければ...
部屋の香りに集中し、何も考えないように目を閉じた。次に目を開いたときには自分の世界に帰れるように祈って...
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