歯車T

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私のいる和室とひとみたちのいるリビングダイニングを隔てるものは

薄い壁一枚

聞きたくなくとも二人の会話は聞こえてくるもので
集中してもすぐに切れてしまう。

これでは先が思いやられるな



そうだ。



耳栓でも作るか。

なにか錬成しても良さそうな丁度いいものはあるか...



そう周りを見渡している時に聞こえてきたのはとても気になる二人の会話。

聞きたくないと思っていたその二人のやり取りに意識的に耳を傾ける。



あの変な訛りの男が投げかけた言葉でわかったことは
ひとみに食欲がなくなっていることだった。

昼もモリモリ食べていたし、スイカもそれはそれは美味しそうにきれいに食べきっていた。
スイカの食べ過ぎではないはずだ。

久しぶりの再会の食卓で
あの沈黙にあの会話。

私との食事のときは常に会話があるほどだったのに。



...



まさか、気にし過ぎているのか?
彼に私が見えないことを。

いや、まさか...
でもありえるか...



...



だめだ。
集中できるわけがない。
後で一度様子でも見に行くか。



そう思っていると今度聞こえてきた言葉は



「なんや、一緒に入らんのか?」

「ん、今日は疲れてるだろうし、一人伸び伸びと浸かって疲れ落としてきて。」



一緒に入るのか!?
『今日は疲れてるだろうし...』
『今日は疲れ...』
『今日は...』
今日は!?

今日はということはいつも一緒に入っているということか!?

あの男...

...

...

...ック

だめだ。
落ち着けロイ・マスタング。
想像してはいけない。
これしきの事でこんなに動揺してどうする。
興奮するな。
落ち着くんだ。
まず万一を考えて発火布はすぐに手の届かないところへ置いておこう。
そうだ。
一緒にお風呂なんていうことは、あの二人の関係を考えたら当前じゃないか。
冷静に考えろ。
なぜ考えなかった、その可能性を。
一緒にお風呂どころか、夜も寝室は一緒なんだ。
今晩愛し合うことだって当たり前にあり得ることだ。

...

考えなかったのではない。
わかりきっていたことを
ただ考えないようにしていたんだ。

先ほど私の腕の中で小さく震えながら涙し
身をゆだねていたひとみの姿が頭に浮かぶ。

あのひとみが自らあの男の腕の中に入っていくのか...
二人を隔てるものなど取り去り、その肌を寄せ合うのか...
あの細くしなやかな指が、私の傷の手当てや体を拭いてくれたあの指が、あの男の体をつたい求めるのか...
綺麗にも愛らしくも聞こえる声であの男の名を呼び、あの男しか知らない声を上げるというのか。







なかなかキツイな。
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