歯車T

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ピラリ





集中して本を読んでいると
そんな効果音も聞こえるかのように
読んでいる本と私の間に一枚の紙が突然現れた。

その紙はヒラヒラと空中に留まっている。

一瞬驚くもののその紙を辿ってみれば
その紙をつまんでヒラヒラ揺らし
いたずらに笑いながらこちらを見ているひとみと目が合う。



うむ。

年上には見えん。

なんだね。

なんなんだね、その愛らしさは。



それまで読書に没頭し、フル回転して働かせていた頭から力が抜ける。
フッと軽くなる。
考え込んでこわばっていたんだろう表情が緩んだんだと自分でもわかった。


「どうしたんだい?」


聞いてみると私の前に揺らしている紙を指差した。


「ん?」


促がされて今度はひとみの手が持つ紙に目をむけると
書かれていたのはひとみに教えてもらった平仮名のみで書かれた
短い労いの言葉と誘いの文。




『おつかれさま。
ごはんにしませんか?』




「ごはん?もうそんな時間かい?」




コクコク




ごはんという3文字に、もうそんな時間になっていたのかと驚いた。

驚く私に
にっこりという言葉が似合うような笑顔とともに首を縦に振り、
その左手にはめている腕時計を見せてくれる。


もう13時か。

言われてみれば腹も空いた気もする...


腕時計を見せてくれたと思えば
今度は紙に書かれた文をもう一度指差し
首を横に傾ける。
終始笑顔で。



なんなんだね本当に。

まったく。

この人は。

可愛いな。



「そうだな、もうこんな時間だったんだな。
声をかけてくれて助かったよ。
一人だと食いっぱぐれていた。
一度家に戻るかい?」


聞くとメッセージの書かれた紙を机に置き、何やらそこに書き込んでいる。

横から覗き込んでみると、書かれているのは、わかりやすいように少しずつ区切られた平仮名の文。


『おべんとう つくってきたの。
ここじゃ たべれないから そとで たべよ。
いいとこ みつけてきたの。』


「おべんとう?」


『おべんとう わからない?
そとで たべられるように つくった ごはんを せんようの はこに つめたものなの。
だから あったかくは ないけど。』


「それはありがたい。楽しみだな。」




昼食をわざわざ作ってくれていたのか。

いつの間に?

私が見ている間はそんなそぶりは一切なかったから...
私が起きる前から用意してくれていたのか。

よく気のまわる人だ...

さすがと言うべきかなんと言うべきか。

...

...もう何度も感じているが、ひとみはいい奥さんになるだろうな。





ふむ。

どうやら今日は図書館では声を出して話さないらしい。

昨日はあれだけ騒いでしまったから、それもしょうがないか。

とは思うものの、
ひとみの声が聞こえないのは少し寂しい。

ここから出れば彼女の声が聞こえるというのなら
早く場所を移動してしまうか。
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