歯車T

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昨日ひとみは

私の前を歩いていた。





静かに

時々

肩を震わせ小さくなりながら

表情を、体を強張らせ

それを私に気付かれないように静かに私の前を歩いていた。





でも

今日ひとみが歩くのは

私の前でもなく

私の後ろでもなく

私の隣。



まぁひとみのスピードに合わせているから横を歩けているのだが
それを嫌がらずに受け入れて
並んで隣を歩いてくれることを嬉しく思う。

やはり、
彼女が私の前を歩けば
私が一緒にいるとはいっても視界には自分と
ユキしか映らないわけで
頭でわかってはいてもやはり心細くも感じるだろう。

だが今日は隣。
耳や気配だけでなく、振り返らなくとも私の姿が確認できる。
近くを人や自動車が通ろうとすれば、間に私が入る。
相手から私が見えなくとも、彼女は私の存在を感じれているはず。

それもあるのか、
日がまだ明るいのもあるんだろうが、
彼女から昨日ほどの恐怖を感じられない。

来れてよかった。



無力などうしようもない私はどうしてここにきてしまったのか。
私がここに存在する意味はあるのか。

考えたことがないと言えば嘘になる。



だがしかし、

今こうしてひとみに安心を与えられているのなら無意味ではなかったのだろう。



それだけでも

来れてよかった。

そう思う。



頬笑みを絶やさないひとみ。
私やユキに目を向けては優しそうな愛しそうな笑顔を浮かべ
時に歌を口ずさみ
私やユキと、とりとめのない会話をする。
川沿いで夕陽を受けた横顔には厳かな、神聖な雰囲気さえ感じてしまうほどに
彼女をまとう空気は美しく、あたたかかった。

そのひとみの周りを嬉しそうに、楽しそうに駆け回るユキ。
少し前へ飛び跳ね、駆けてはすぐに彼女のもとへ戻ってくる。
その輝いた大きな目にはひとみの姿が常に映っていて、なんだか親子のようだった。
まるで、
愛に溢れた家族のワンシーンのようで...


散歩は時間的には短いものだったが、
穏やかで、心の落ち着くものだった。
なんだかスッキリしたような、そんな気さえする。

ひとみの人生が
これからもこんな風に
穏やかで光と幸せに包まれたものになるように
そう願わずにはいられなかった。
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