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何も手につかない。
借りてきた本を読む気にもならない。
PCで調べる気すら起きない。
無気力なまま、部屋の柱に背を預けもたれる。
ついさっきまで血が滲み出るほど強く握ってしまっていた手も、中途半端に開き、力を入れられないまま。
何も見たくない。
何も聞きたくない。
逃げ出したい。ここではないどこかへ。
そう少しでも思ってしまうなんて、本当に愚かだと思う。
できるわけがないのに。
テーブルに重ねられた本やPCに目を向ける。
しなければならないことが山ほどあることは分かっているのに
それをすることさえ無意味なのではないかと感じてしまう。
心にぽっかりと穴があいたようだ。
ふと、50音図表が目に入った。
この国の字が読めるようにとひとみが用意してくれたもの。
元から作っていたものに、私にわかりやすいようにと若干手を加えてくれた。
部屋を見渡し、深呼吸をする。
この部屋や畳からの香りは、人を落ち着かせる効果があるんだと、だからと私に貸し与えてくれたもの。
テーブルや布団も私のためにわざわざ用意してくれていた。
髪に触れる。
さらさらと渇いた髪。風邪をひくし、せっかくきれいなのに傷んでしまうと乾かしてくれた。
胸に手をあて、その先に目をやる。
部屋では楽に過ごしやすいようにと貸してくれた服。その下には包帯...彼女が私を助けようとその身が血に染まりながも一切嫌な顔をせずに必死に覚えてしてくれたものだ。
今目に映るものだけでもこんなに彼女の優しさに包まれている。
今目に見えないものもあげるとすればキリがないだろう。
そんな優しさを惜しみなく与えてくれる彼女の幸せを心から願えない己に嫌気がさす。
...
これが盲目になった結果なのか。
ひとみを想える幸せを逃したくないというのに、
手放せないというのに、
盲目になってしまうことで彼女の幸せを望めないというのなら
盲目になど、好きになどなりたくなかった...
「...ロイ?起きてる?」
「っ...」
不意に聞こえてきた声に現実に引き戻される。
どれぐらいの間、あんな無意味な時間を過ごしていたのか。
呆けていた頭が冷や水を浴びたように一気に覚醒した。
あれだけ無気力になっていた私に動き出すキッカケを与えてくれるのはやはりこの人なのだな...
「あの、ロイ?」
「...あぁ、起きてるよ。どうしたんだい?」
「あ、あのね、和真がシュークリーム買ってきてくれたの。甘いから頭もスッキリするだろうし、すごくおいしいからよかったら食べない?」
「いや...いや遠慮しておくよ。すごくおいしいんだろう?ひとみが食べるといい。」
「私はもう1つ食べてるから、気にしないで。頑張ってるロイに差し入れ。私の好きなの、食べてみてほしいなって。」
「...そうか。ありがとう。しかしやはり今日はやめておこうかな。」
また、まただ。
またこの人は私を気にかけ、こうしてここに来てくれた。
嬉しいと思う。
あぁ、嬉しいさ。
でも
これからひとみがどこへ行って誰と何をするのかを考えると
食欲はわかない。
私を想ってシュークリームをと食べさせようとしてくれているのはわかるのに、その気持ちに応えることができん。
食べ物どころか、喉はカラカラに乾くのに、水すら喉を通らん。通したくない。
平静を装うとしても
返事をする声さえ震えてしまう。
いつも君の笑顔を君の横で見ていたいと思うのに、今はそれさえ恐れてしまう。