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突然愛する人に名を呼ばれ、本へ向けていた意識をひとみへ向けると
小さく震え、今にも泣き出しそうなひとみがいた。
寝ぼけていたのか不安んに満ち溢れて眠る前と同じように私を求め、私の腕の中で落ち着きを取り戻していくひとみに、愛しさが
込み上げる。
どうしてそんなに心配してくれるのか
どうしてそんなに優しいのか
彼女のような人で溢れていたら、あんな無情な戦などなかったのではないかと思えてくる。
抱きしめるようにひとみの背中に手を回し、ポンポンと右手で撫でるようにあやすように叩いていると
またも視界に入るはずのものがまたも消えていた。
今度は
叩いているはずの私の右手
ひとみの背を叩いている感触はあるし、彼女もそのリズムに合わせて心地よさそうにまどろんでいる。
さっきと同じだ。
存在はしているのだろう、感触はあるのに、目でその存在を捉える事が出来ない。
...すでに一度経験していてよかった。
もし体の一部が消えたのを発見したのが今初めてだったとしたなら、平静を装ってはいられなかっただろう。
...しかし、さすがに動揺せずにはいられん。
何故消える?
私にはもう時間がないのか?
私の世界に帰ることができるのならいい。
無力で、上からの命令のままに、理由も自分で見つけ出すこともできないままただ数えきれないほどの民を殺すしかできなかったあの世界に戻り、私は今度こそ自身の手でこれからを生きる民たちの、私の大事な人たちの未来を切り開いていかなければならんのだ。
そのためにも私は己の世界に帰らなければならないのだから。
ただ...
ただ、今視界から消えている私の手はどこにある?
左手と思えば今度は右手...
それも前回消えてから数時間も経っていない...
私はあとどれだけひとみのそばにいられる?
私はあとどれだけこの人を守ろうとすることができるんだ?
ひとみにはいくら感謝してもしきれないほど世話になったし、優しさを、幸せをもらっている...
私はこの人に何を返せる?
何も返せないのか?
何一つできないまま消えてしまうかもしれないという不確実な可能性に、例えようもないほどの恐怖を感じ、ひとみに回す手に力が入った。