いつまでも夢に溺れていれたなら

□「重装備だと思っていたのに...」
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今はこちらで言う夏真っ盛りらしい。

こちらの夏は暑いというか暑苦しいというか、なんだかまとわりつくものがあって、冷房を効かせた室内でなければ汗も吹き出すように出てくる。

それは昼だけでなく夜になってもで、「熱帯夜」という言葉を教えられた時はある種の感動を覚えたほどだ。

イーストシティも夏はあったが、こんなに湿度は高くない。

肌がジリジリと焼けるような夏も、砂漠もあるが、なんというか、こちらはじっとりとしていて、スッキリとしない。

アメストリスから出ることはろくになかったから、ずっと同じような環境で生きてきた私
にはなんだか少し面白い。



そんな暑さの中



今私の目の前いるひとみは、
いつもなら半袖やらタンクトップやらショートパンツといったどこに目を向ければわからないほど肌を露出していることもあるというのになんでそんなに重装備なんだというぐらい肌を鮮やかな布で隠している。



全く隙がない。



「どーかな?」

「...暑くないのかい??」

「今はまだだいじょーぶー。外に出たらあついだろうね。でもこれ、こんな時にしか着れないから。」


私の前で両手を広げ、くるりと回って見せる。いつも自ら感想など求めて来ないひとみのそんな仕草は、いつにもまして愛らしい。
しかし、体を包んだようなその服は、若干動きにくそうに見える。袖の下にも長い生地がブラブラと。
彼女を引きたてるとても美しい柄だ、その柄を見せるためのものなのだろうが、


「動きにくくないのかい?」

「動きにくいよー。昔の日本人はこれよりもっと動きにくい恰好して生活してたっていうんだからすごいよね。」

「それはすごいな。」


そういう彼女は満面の笑みで私に背を向けてしゃがみ、持ってきていた袋からゴソゴソと何か出している。

しゃがむ時に一度ひざの後ろに手をやる仕草や
袋の中に片手を入れるときもう片方の手で袖を押さえる姿にも

また気をひかれる。

目を奪われる。

手首から先と足首から下しか肌を露出していないのかと思えば、
いつもは髪を下ろしているのに今日はあげているから、隠れていた綺麗なうなじが目に入り、喉が鳴ってしまう。


「...今日は髪をあげているんだな。」

「うん、浴衣着るからあげようと思ってはりきっちゃった。」


どうやらその服は日本の伝統的な服の一つで浴衣というらしい。
どうりで...

うむ。和室に合う。
艶やかな華が咲いたようだ。
見入ってしまう。

体のラインにそったものだから動きを制限されるのか
いつも以上にひとみの所作は、なんというか、凛としているのにしなやかで。
初めて見る一面に胸が高鳴る。


「あの...やっぱり変かな?」

「変??」

「そんなに見られたら恥ずかしぃ...」

「あぁ、すまない。なんというか、見た目だけでなく雰囲気まで普段と違うからつい。
すごく似合っているよ。」

「ほんと?」

「あぁ、本当に綺麗だ。」

「嬉しい。」


目を奪われひとみから視線を離せずにいると、何を不安に思ったのか投げかけられた質問に
私としたことが感想も言うことができていなかったことに気付かされる。
情けない。
ただ言うにしても、なんと表現したらいいのか、ありきたりな言葉ではなんだか安っぽく感じてしまうし表現できない...
結局すぐにはいい言葉を想い付くことができなくて、「綺麗だ」なんて有り触れた言葉を出してしまった。
自分のボキャブラリーの少なさに呆れてしまう。

なんとか伝えた感想に、不安そうな表情から今度は一変し、ほんのり赤く染めた顔に頬笑み浮かべ喜ぶ。


「綺麗だと思えば可愛くもなる。目が離せないな。」

「ごめん。嬉しいけど恥ずかしいからやめて。」

「そーやって照れるところがまた初々しくていいな。」

「もーやめてってば!からかうの禁止!お世辞もストップ!お腹いっぱい!」

「お世辞でもからかいでもないのに。」

「もー...ありがとね。」


この可愛さは反則じゃないか?

私の言葉でどんどん顔を赤く染めていってくれることが嬉しくて素直に思った事を口に出していると、少し怒らせてしまいそうだったからそれ以上はやめておいた。

ただ恥ずかしがっているだけとはわかっているが
せっかくの上機嫌を損ねたくないし
お世辞ではないのに、そう勘違いされても嫌だしな。





「ロイも浴衣きる??」

「動きにくいのだろう?私は遠慮しておくよ。」

「えー、せっかく二人で着ていこうと思ってたのに...まぁそう言うと思ったけど。
じゃーせめて甚平さん着てください。私ので悪いけど、ちゃんと男ものだから。」

「じんべさん??」

「これなら私が着付けなくても自分でできるだろーし、だいぶ楽な服だから動きやすいし大丈夫。」

「じんべさん??」

「そ、甚平さん。浴衣と同じ、伝統的な和服の一つなの。浴衣より動きやすいし、涼しいし。異文化コミュニケーションだね。
下着の上に直接着てね。下にシャツも着なくてもいいから、きたら出てきてー。」


はい!!っと甚平とやらを私に手渡し、和室を後にするひとみはなんだかとても楽しそうで、ルンルンやウキウキといった擬態語がぴったり合いそうだ。
「ロイの甚平姿楽しみだな〜♪」なんて言いながら小股でスススと和室から出ていく彼女を見送り、手の中にある甚平さんとやらに目を向けた。

あの喜びよう...
私がこれを着たら
もっと喜んでくれるんだろうか。
あの笑顔を私に向け続けてくれるんだろうか。

ひとみの笑顔が見られるのなら
着方はよくわからんが、試してみるか。





少しでも
あなたによく見られたくて






「着てみたがこれでちゃんと着れているかな?」

「っつ!!」

「これはだいぶ楽というか涼しいというか、あまりに軽くて着ていないような気さえするな。」

(やだもーなに!?なんで甚平着ただけでこんなに色気むんむんになるの??ロイだから?ロイだから出せるむんむんですか??普段隠れて見えてなかった足筋が!腕筋が!胸筋がぁぁぁ!!帰ってくる頃には着崩れて腹筋もちらちら見えちゃう感じ!?やばいやばい、目に猛毒なんですけど!めっちゃ似合ってるし絵になるしずっと見てたいのになんか照れちゃってどこに目を向ければいいのかわかんないし!なのに目が離せないってどーしたらいいんですか!?治まれ動機&息切れ!!養命酒!!)

「...ひとみ?」

「はい!!なんですか!?」

「いや、着てみたがこれでちゃんと着れているかな?」

「うんばっちり!すっごい似合うねーびっくり!いつも以上にめっちゃかっこいいから見とれちゃった!」

「!?ありがとう。」

今私の顔には真っ赤になっている気がする...顔面どころか頭まで熱い。
そんな顔してそんなことを言ってくれるなんて反則だ。

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