いつまでも夢に溺れていれたなら

□「お前とは体の作りも鍛え方も違うんだよ。」
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ブォォォォォォォオオ





脱衣所に入ると、響いていたのはドライヤーの音。



そのドライヤーを持ってるのは

鏡の前に立って

うつらうつらと頭を前後に揺らして

片手で目を擦る

スッピンのひとみ。



すっぴん美人って言葉が正しいのかわかんねぇけど、化粧落としても元が整ってるからどんな顔しててもたいがいキレーだなと思う。
まぁそんな恥ずかしいこと口が裂けても言えねぇけど。

そーなんだよ。

たいがいどんなことしててもキレーなんだよな。

男らしく仁王立ちして
アホっぽく力の抜けた眠そーな顔。

そんな姿でもきれーだって思えるから、こいつは得してると思う。

そんなに眠いんなら俺を呼べばいいのに。



「ほら座っとけ。乾かしたる。」

「おぉ!!びっくりしたー。もージャンのばか心臓止まるかと思った。」

「気付いてなかったんか。どんだけだよ。」



ドライヤーの音煩いから、声かけても聞こえないんだろうと思って肩を叩けば軽く叫ばれた。
鏡に映ってただろうに、それにも気付かんとか...
目、全く開いてなかったんか。
それとも俺の存在感が薄いのか。

まぁ眠いだけだろうとは思うんだが、あまりにもなビビりように笑いが漏れちまう。

最近仕事忙しかったもんなぁ。



「すまん悪かったって。」

なんて謝ってみるものの、笑いながらだから意味がないのか逆撫でしちまってるのか、むくれだすからまた可愛くてしょーがない。

とりあえずひとみの後ろにつけた椅子にひとみを座らせて、ドライヤーを奪い取って髪を乾かしてやる。



「お前もさー、そんな眠いんなら俺呼べばいいのに。」

「やだよ。ジャンだって疲れてるでしょ。」

「お前とは体の作りも鍛え方も違うんだよ。」

「その分ジャンのがしんどい仕事多いじゃんさー。」

「まだまだ軽いもんだよ。そんなとこで気ぃ遣うなや。」

「遣うよバカ。」

「お前なぁ...」



ドライヤーの音に負けないよう二人して大きめの声で話してるさ。

あぁ、時間なんか気にしないで大きい声で話してるとも。

ちゃんと会話が成り立ってるっつーことはちゃんと聞こえてるっつーことでもあんだから
「馬鹿」んとこだけそんなでかい声ださなくてもよくねぇか?

まぁそこにお前の優しさとか気遣いとか素直じゃないとこがでてるってわかってっから、痛くもかゆくもねーし可愛いもんなんだが。



「不貞腐れんなよ。疲れてるときとか弱ってるときぐらい甘えとけ。」

「...」

「甘えてもらえねぇのは、それはそれで寂しいもんなんだぞ?」

「...」


ブォン


「ほれ、乾かし終わったぞ。」

「...」

「どーした?寝に行かんのか?」


チュッ


乾かし終えて立つように促がしても立とうとしないで無言。
え、寝てないですよね??
そう思って覗き込んで見るとやられた。

なんでそんな可愛いことするかな...
今日は我慢しようってひとみのこの疲れ具合見て思ったのに。
このままここで食っちまうか。



「おんぶ。」

「へ?」

「ベッドまでおんぶして運んで。」

「...おんぶがいいのか?」

「ジャン、甘えろって言ったもん。」

「お?甘えてくれんのか?嬉しいねぇ。じゃぁサービスだ。」

「え、ちょっ、」



自分からキスしたのが恥ずかしかったのか
甘えるのが恥ずかしいのか
そのどちらもなのかはわかんないけど、
目をそらしながら、唇尖らしながら、ほっぺたもちょっとゆるめながら、照れを隠しつつ甘えてくる珍しい姿に胸がキュンとする。

今あくびすんな。
今その気になりかけてたから。
涙目がなんかエロく見えちまうから。


甘えられたら応えなきゃ男じゃない。
求められる以上のものを与えてなんぼ。
前に大佐がそんなこと言っていた気がする。
大佐が言っていたからするわけじゃないが。


おんぶと言われたので、横抱きをしてみたら慌てるひとみ。
「降りる。お姫様だっこ頼んでない。」なんて軽く抵抗してくる。

いやー、こんな姿レアだからあんま下ろしたくないね。
これからもちょいちょい横抱きしてやろうかな。


ペチペチ叩かれても動じないで横抱きのままにしてると諦めたのか大人しくなった。
「明日覚えてろよコノヤロー。」
なんて言葉は聞こえなかったことにしておくか。
すぐにうつらうつらしてきたから、明日横抱きのことだけ寝ぼけて忘れていることを願っとこう。



ギィ



寝室の中途半端に空いたドアを足で全開にする。
せっかく気持ちよさそうにまどろんでんだ。
不必要に衝撃を与えたくない。



ギシ



ベッドに静かにゆっくり下ろすと軋む音が部屋に響く。

その小さな音や衝撃にも動じずにスヤスヤと眠りに落ちているひとみの横に座って
気持ちよさそうに眠るひとみの頬に手を添えて、親指で頬をなぞる。



...少し痩せたか?

こいつもたいがい不器用だしなぁ。
もーちょい人に頼ることを覚えてもいいのに。
だいたい部署も違うっつーのに大佐もひとみに仕事頼み過ぎなんだよ。
こいつも嫌な顔しないでそれを受けてこなすからドンドンと...

ったく、いい女だよな。
大佐に目ぇつけられてないか心配だわ。
ちょっと一言いわなきゃだな。



「...ん、ジャン?」

「わり、起したか?」

「寝ないの?」

「寝るさ。」

「ジャン、手。」

「て?」

「繋いで寝たい。」

「腕枕はいらないのか?」

「寝にくいからいい。」

「そうですか。」

「腕痺れるでしょ?」

「余裕だぞ?」

「繋ぎたいの。」

「その方がいいなら喜んで繋ぐけど。」

「ありがと。おやすみなさい。」

「あぁ、おやすみ。よく寝ろよ。」



ヘヘッと笑ってそのまままた眠りに落ちてくれてほっとした。

起しちまったかと焦ったが、また珍しく甘えてくれて、またまた胸がキュンとする。
寝ぼけてると甘えてくれるのか。
覚えとこう。

なんか、幸せだなぁ。

でももっと甘えてくれてもいいのに。


大事なものを守れるように
大事なお前を守れるように
そのために今こうして鍛えてるんだから。


鍛える目的は、内乱を自分でどうにかしたいいってのが始まりだったが
今では目的にひとみっつー幸せなものが加わって
生きる理由も増えた。

あぁ、幸せだ。

抱きしめたい衝動に駆られるが、また起しちまったら可哀そうだ。
繋ぐ手に力を入れると、ひとみもギュッと込めてくれる。

今はこれぐらいで我慢しとくか。

眠るひとみにキスをして、俺も眠りについた。

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