いつまでも夢に溺れていれたなら

□「君が欲しい」
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「君が欲しい」





薄暗い部屋に響くのは

大好きだった人の声...

何よりも大切な人の声...

その表情は悲痛に歪められているような、苦しそうな顔で...

紡がれた言葉は大きなものではなくまるで自身に問いかけているようだったのに私の心に重く深く沈んでいく



それぞれの道を歩んでいくと決めたのに

今更そんなことを言うなんて...

私はどうしたらいいの?

胸が締め付けられて言葉が何一つでてこない





「どうしてこんなに君がほしいんだろう」





ゆっくりと机に頭を抱え込むように背を丸めて顔を隠し、吐き出す息にのせて吐き出された疑問は
息が切れていくとともに小さくなっていって普段なら聞き取れないだろうと思えるほどだった。

でもそんな自問自答しているような小さな言葉も
まるで二人の間にある距離を忘れさせるほど十分に私に届いて、やっぱり心の奥に沈んでいく。


体が......心が、震える......


無意識に部屋の隅にいる愛した人のもとへ歩みを進めていて
部屋の隅にいたはずのこの人も、動いた私を見てゆっくりこちらへ来ていた。

今にも泣き出しそうなその表情は今まで見たこともなかったようなもので
そんな表情に、忘れていた、忘れようとしていた奥にしまいこんでいた想いが溢れ出す。


やめてよ私、なんの力もないんだよ?

足手まといになりたくないの

重荷にだってなりたくない

貴方が進もうとしている道での弱みになりたくないの

だから、だからあの時決心したのに...


私の目の前に立つロイと視線が絡む。
そこには何一つ、今彼が口に出していた言葉が作りものだと判断できるようなものはない。

おどおどとのばされた手は私の頬を包み込んでいた。





「私を赦してくれるか?」


「私が貴方の何を赦さないの?」


「あの時、君との将来を諦めた......」


「馬鹿ね......別れることを望んだのは私。貴方はそれを受け入れてくれたのに、どうして私が貴方を赦さないなんてことができるの?」


「君が別れを望んだのは私が未熟だったからだ。」


「違うわ。私の心と体が弱かったから。だから、苦しむことも背負うこともしないで...」


「違う......私にもっと力があれば、君に心配させることもなく、守って繋ぎとめることもできた。」


「ロイ...」





悲痛に歪められていた表情はその皺をもっと深いものへと刻まれていく...

謝らなければならないのは私の方だわ。

あの時の選択が、今尚そこまで貴方を苦しめるとは思わなかった.....

ごめんなさい......

頬に添えられた掌に自分の手を重ねて目を伏せると、ずっと求めてやまなかった香りが、あたたかさが私を包み込んだ。

背中に回された腕から感じる力は、あの時別れ際に抱き合って感じた力強かったものよりも強くて痛いぐらいなのに
私はどれほどこの人を求めていたのか、心はロイを渇望していたようで
その力は私の心を少しでも満たし、私はロイの背に手をのばしたい衝動に襲われた。


でもそうできなかった。


ロイのきている軍服が視界を覆っていて、二人の環境が、前に別れを選んだ時から何も変わっていないと現実から逃げられなかったから...

この人は少佐から大佐まで昇格した。
前よりももっと責任がある立場。
前よりももっと危ないところで戦ってる。

大好きだったなんて過去形にはできない自分の気持ちに気付かされても
やっぱりなんの力も持たない自分がこの人の隣にいたんじゃ弱み以外の何物にもなれないじゃない...
そう思ったら、ロイを求めて手をのばすことなんかできなくて。


貴方には生きて貴方の夢を叶えてほしいの。

それは何の力ももたない私の夢でもあるの。





貴方の隣にいることを選ばないことが、無力な私が唯一夢のためにできることだから...





「君が欲しい。」

「ロイ、」

「ひとみが欲しいんだ。」

「...ごめんなさい。」

「っ...」

「ごめん」

「愛してる...」

「...フッ...」

「愛してる...いつまでも君だけを...」

「ロ、イ...」

「だから、泣かないで待っていてくれ。」

「......ロイ?」

「必ず君を迎えに行くから。」

    

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