朝なんかこなくていいのに

□「覗き見とはいい趣味してるじゃねぇか。」
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広くて空気の澄んでいる

少しだけ他より日が陰っている廊下



人の形をしていたものは

今はあの人の手に触れられて

サラサラと音もなく静かに地に落ちていく



その光景に見惚れて目が離せなくなってしまうあたり

私はもう手遅れなんだろうと思う



あの人に触れられている人だったものが

少し羨ましく感じてしまう










「ヒトミか。覗き見とはいい趣味してるじゃねぇか。」

「そんな誰でも見えるようなところでしてる貴方が言えること?」

「ハッ、それもそうか。」



見てることなんてさして気にしてないだろうに、わざわざこうして声をかけてくれることが嬉しい。

それが
仕事の関係故になのかプライベートの関係故になのかはわからないけど
どちらであれ喜んでしまうのは、この男に惚れこんでしまってるから。

砂と化したものを顧みることは一切せず、ニヤリと口元を上げながらこちらに向かって歩いて来てくれるのを見て
私はこの人の視界に入ることができているんだと笑みが漏れた。




「頼んでいたものはどうなってる?」

「滞りなく。」

「だろうな。」



コッ コッ コッ コッ

カツッ カツッ カツッ カツッ



響く靴が鳴る音が心地いい。

無言で二人、並んで歩いていても嫌な空気が一切ないのは
私が頼まれてる仕事をこなしているからだけ?










「ねぇ。」

「なんだ?」

「私も役立たずの用無しになったら砂にする?」

「ハッ、さっきの見て恐くなったか?」

「まさか。あれが少し羨ましかったくらいなのに。貴方の手で砂にされるのもきれいだしいいなーと思ったんだけど、やっぱりせっかく死ぬなら他の生き物の血肉になってみたいから、切るなり締めるなりして殺してから川とか海に捨ててほしいと思って。」

「...」

「あ、でもダメね。いらなくなって殺されるならそんな面倒かけさせられないか。」

「...変な女だな。」

「こんな女は嫌い?」

「いや、飽きねぇからいいんじゃねぇか?」

「そう、よかった。」



歩きながら続けられる会話は傍から見れば淡々としたものに見えるのかもしれないけど
この会話が続くのは、彼が何かしら感じ取ってくれてるからだろう...
それが嬉しい。
いつも、なんてことのない話だと判断されようものなら右から左でまともな返事なんて返ってこないもの。




「ねぇ」

「今度はなんだ。」

「殺してね?」

「あ?」

「死ぬときは貴方の手で死にたい。」



それまで止まることのなかった足音が止まる。
並んでいたのに急に止まるから私一人少し前に出てしまった...
振り返ってみると、少し眉間に皺を寄せて新しい葉巻に火をつけてる。



「どうしたの?」

「いや、光栄なことだと思ってな。」

「フフッ、顔には面倒だって書いてある。」

「あぁ、お前を殺すのは面倒だ。」

「抵抗しないのに?」

「そういう意味じゃねぇ。」



葉巻を口に大きく息を吸って
今度は私の一歩前を歩く彼。



「面倒だが、ヒトミは俺が殺してやる。」

「ほんと?」



嬉しさというより驚きで今度は私の足が止まる。
振り返りはしないけど、少し前で立ち止まってくれるこの人に、聞き間違えじゃないんだと感じることができた。



「殺してやるから俺に殺されるまで誰にも殺されるなよ。」

「嬉しい...私を殺すまで、死なないでよ?」

「誰にもの言ってやがる。」

「フフッ、そうね、お願いするようなことでもないか。」





「なに笑ってやがる。 
置いていくぞ。」


 
そんなこといいながら
さっきよりもゆっくり歩いてくれてるの
バレバレよ?

そんなことされたら
笑うのだって止められないじゃない



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