朝なんかこなくていいのに

□『なんでこいつの手はこんなに冷たいんだ。』
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「あぁ、冷えると思ったら雪が降っていたんだな...」





風呂からあがり、自室に向かっていると見えたのは空から舞い落ちる白い雪を見て、声がもれた。


...フンッ。

俺が独り言を言うとは...

瞳のが移ったか。


そういえば瞳はどこへ行った?
いつもなら俺が風呂に入っている時は火の番から離れんと言うのに...

まぁあいつは寒さに弱いからな...
軟弱じゃないから風邪はひかんとは思うが、暖をとっていてくれた方がいい。
寒さにも強い方だとは思っていた俺でも流石に冷えると感じるんだ。





寒さに自然と速まる足で自室に向かう...

近づくと、障子越しに室内に明かりがともっているのが見えた。

...なんだ。

部屋にいたのか。

灯りを見てそうと思ったが、部屋からは気配を全く感じない。
瞳は何をしているんだ?





スーッ





様子を窺うように静かに襖を開けると、予想通り部屋はもぬけの殻。

だが

灯りはつけてあるし、火鉢にも火がともされていて部屋は室外に比べて少し暖かい。

いつからか冬は、俺が風呂に入るころには湯冷めしないようにと部屋を暖めるようになった。
俺が風呂から上がれば瞳が入り、上がったら温まった部屋で寝るまでの時間を共に静かに過ごす。

瞳が家に来て一緒に暮らすようになってからそれが当たり前になっていたから、変に違和感を感じてしまう。

火をつけたまま暖をとるでもなく、部屋から離れて一体何をしているというのやら...





「あぁよかった間にあった!」





寒さが苦手なあいつに嫌な顔をされないためにも一瞬浮かんだ疑問を置いておいて
せっかく温まった空気を外に逃がさないように後ろ手で襖を閉めようとしたら
トトトと軽い足音と高い声が聞こえてきた。



「あぁ!閉めるの少し待ってください!ちょっと両手塞がってて!」

「そんなに急ぐとこけますよ?」

「こけませんから!!」



「ありがとうございます、助かりました!」などと微笑みながら部屋に入ってきた瞳の鼻や頬は赤く染まっていた。

寒いのならなんやかんやとせずに大人しく火にあたっていればいいものを...

山で育ったと聞いていたが
この程度の寒さで頬の色を変えるのによく山で生きることができたものだ。
まぁこれだけ小まめに動いていたら凍えることはないだろうが...

持っていた盆を火鉢の近くに置き
雪見障子を開けていく瞳は動きを止めることなく話しかけてくる。





「五郎さんが湯浴みされてる間、雪が降ってきたんです。
雪なんて今年初めてですし、こんなにゆっくりできるのも久しぶりですから、舞い落ちる雪花を見ながらのお酒なんてどうかと思って温めてきたんですよ。」

「......知っているだろう。雪見はいいが、酒は、」

「『斬りたくなる』でしょう?それなら私が相手しますよ?体動かせば寒さも気にならなくなるでしょうし。」

「それも悪くはないが......別にただ斬りたくなるわけじゃない。」

「え?そうなんですか?」

「あぁ、気が高ぶるだけだ。」

「あら...新事実ですね。
じゃあなんで『酒を飲むと無性に斬りたくなる』なんて...」

「そう言っておいた方が無理に付き合わされることもないだろう。」

「なるほど...」

「...だが、酒を飲むと気が高ぶるという問題は残っている。」

「高ぶるとどうなるんですか?」

「......試してみるか?」





意外だったのか一度作業を止め、こちらを向いて無邪気な表情で覗き込むようにして聞いてくる瞳に
まだ酒を飲んでいないと言うのに若干だが気が高ぶるのを感じる。

雪見酒を終えたらすぐに寝れるようにとでも思っているのか...
部屋の隅に俺のものと自分のもの、二組の布団を敷きながら振り返ったその姿に向けて投げかけてしまった言葉に、内心自分で驚いた。
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