戦国BASARA

□仮面を捨てて
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今宵は普段夜空をほのかに照らす月明かりも雲に遮られて地上には届かない。
薄暗い部屋の中、燭台に灯った一つの炎だけが僅かに手元を明るくしていた。

病のせいで爛れた皮膚に新しい包帯を巻き付けていく。
今では醜い容姿をした己に関わろうとしてくる者は、豊臣家中ではたった一人となっていた。
彼はよっぽどの物好きである。スルリスルリと腕に包帯を巻き付けていく吉継の手が不意に止まった。

「刑部、入るぞ」
障子の向こうから聞こえたのは、例の物好きな男の声だった。
「やれ三成よ。普通は許可を得てから入るものではないか?」
障子に手をかける三成の影が揺れる。
「別にお前と私の間柄だろう」
「だが我は今、包帯を取り替えている最中ゆえ、ぬしに醜い姿を晒すことになるなぁ」
吉継はわざと嘲笑ぎみに言葉を投げる。
すると向こうで三成が障子に背をもたれ座り込む微かな音が聞こえた。
「ならばさっさと済ませろ。そんなに姿が見られたくないなら私はここで待つ。それに部屋に訪れる者が現れでもしたら、斬ってやる。だから安心して付け直せ」三成の返答は吉継にとって予想外だった。
てっきり気を悪くすると思っていたのに。
つくづくこの男は解らない奴だ。

障子越しに三成の声が聞こえる。
「…刑部、お前の姿は、醜くくないぞ……」
ポツリと呟かれたその言葉に吉継は一瞬目を丸くした。
「いきなりどうしたというのだ」
「っ!聞こえていたのか…別にそう思ったから言ったまでだ。気にするな」
どうやらさっきのは独り言だったらしい。それにしてもたった障子一枚隔てているだけなのだから普通あの声量では聞こえてしまう。だが三成の言葉は吉継を多少なりとも取り乱せた。
一定間隔に巻かれた包帯が最後尾で大幅にずれている。
「ぬしも世辞を言えるようになったのだな」
「世辞ではない。本当にそう思っている」
「こんな我をか?」
「当前だ。他に誰がいる」
無愛想な三成に吉継はそれが彼の本心だったことを知る。
「飽くまであれは独り言だ。独り言で自分の思っていないことを言えるほど私は器用ではない」

確かにそうだ。
三成はあまりにも自分に正直すぎる。それ故にいらぬ敵を作ることも多かった。しかし選りに選って何故吉継にそんな言葉を発したのか解らなかった。
爛れた皮膚、光を失った瞳、不自由な足。そして世界に不幸が訪れる事を望む心。それらの何を見たら、醜くくないなど言えるのだろう。
包帯の下の姿は、三成も知っている。だが、それは昔の事だ。病が悪化し、あの頃よりも遥かに身体に影響を及ぼしている今の姿を晒したら三成はそれでも醜くくないと言うのだろうか。

吉継は顔の包帯を静かに外した。
「三成よ、今、終わった」
「入ってもいいのか」
「あぁ。我に用があるのであろう?」
障子の開く音。入って来た三成に背を向け、吉継は胡坐をかいていた。
「刑部?まだ顔に包帯が−−……」
言いかけた言葉を遮るように吉継はゆっくりと向き直った。
「これでもぬしは、我を醜くくないと言えるか?」
鼻頭から顎にかけて薄茶に変色し、部分的に爛れる肌。病が原因で幾度となく蔑まれてきた。
みずからこの姿を晒したのは三成を試すため。
どんな反応をするのかと興味をもった。いや、三成の反応は絶句するか言葉を濁すかのどちらかだろう。
それを解った上で包帯を取った。
暫く沈黙していた三成が口を開く。

「お前の素顔を、久しぶりに見たな」
懐かしむ様に呟く三成は微塵も動揺の色を見せなかった。
「主はこれでも、驚かんのか?」
「お前が病であることは知っているし、素顔を見たことだってあっただろう。今更何を言ってるんだ」
「あれから大分悪化したというのに…」
「年月が経っても刑部はずっと刑部のままだろう?」

当たり前と言ってのけた三成と目が合わせられなかった。
この男が眩しい。
普段から妖艶な光を纏ってはいた。それは月光に近いモノだと思う。
しかし、今の三成の言葉は優しい光を帯びていた。
それは日なたの様な温かさがある。

この男のことをこんな風に思う日が来るなんて。

三成を試した己の行動が後ろめたい。

「参った参った。三成よ、主には降参だ」
吉継は両手をあげ、おどけて見せる。
すると三成は目を丸くして「お前が笑った顔を久しぶりに見た気がする」

吉継は知らぬ内に微笑んでいたらしい。
それを隠すため、顔にも包帯を巻き付けようとした。
しかし

「待て、刑部。たまには素顔のお前と話したい」
三成に腕をつかまれ、阻止される。
「何を申すか」
あまりにも不意打ちの出来事だった為、吉継は視線をさ迷わせた。
「お前が自分から素顔を晒すのは滅多に無いからな」
「…私だけがお前の素顔を知っているということだろう?」

それは独占欲にも似ている特別な感情。

言葉を巧みに重ね、本音を深くに隠す吉継の素顔を見ることで彼の本心を垣間見れる様な気がして。


「ククッ、やれ。これでは我も、逃げも隠れも出来んなぁ…」





厚く重ねた嘘偽りの仮面をたまには外すのも悪くない
何処までも真っ直ぐな
この男の前でなら



END

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