*告白後設定
長いです。
そしてキャラが変わっています。



環とデートの約束をした。最近はなかなかゆっくり会う機会もなく、嬉しさで心がいっぱいだった。

待ち合わせ場所の最寄り駅を出て歩き始めたところで、声をかけられるまでは。

「ねぇ」
歩いていると背後から声をかけられ、思わず振り向いてしまった。
相手は見知らぬ男の人。にこにこ笑って親しげに話しかけてくる。
「君、可愛いね。女の子だよね?」

これが世に言うナンパ?
ナンパをするわりに失礼なことを言う人だ。

こういう時は無視が一番、と無言で向き直って歩みを進める。
ショートカットだし、いつもは服装も女の子らしいものではないので声をかけられたことはほぼ皆無。
でも今日は少し趣を変えたのが悪かったのかな…

「まぁ君みたいに可愛ければどっちでもいいよ」

気持ち悪い。
初対面の人間に二言目で気分を悪くさせられたのは初めてだった。

駅からまだまだ待ち合わせ場所は遠い。
歩みを早くするが、やはりリーチの差で相手も楽々ついてくる。
横まで追い付いたと思ったら、私の腕をつかんだ。

「無視しないでよー。どっか遊びにいこう?」
これで歩いて無視ということが出来なくなった。
つかまれた腕から背筋にかけて寒気がした。
「放してくださっ…」
「やーだ」
その憎々しい言い方に、怒りがふつふつと沸いてきた。
腕を掴んだ力が強くて自分の力では振りほどけそうにもない。
手を振り払いたい一心で「彼氏と待ち合わせしてるので放してください!」相手の顔を見ることもせず勢いで叫んだ。

「あっそ。」
すると案外あっさりと手を離して、男の人は去っていった。
気が抜けて呆然とその姿を見送った。たっぷりと1分ほど立ち尽くした後、本来の目的の為に歩き出した。

待ち合わせ場所まで途中何度も振り向いた。
もしかしたら後ろにいるのではないかと思ったから。
日曜日だからか、さっきの男に似た背格好の人がごちゃごちゃといるので後ろにいたとしてもよくわからない。
人混みが酷いから、もし後ろにいても私のことは見えないんじゃないかな……
そんな希望を持って何度も振り返ったりしている内に、ついに待ち合わせ場所の噴水前まできた。
ほっとして噴水のへりに座ると、緊張で固まっていた体がやっと緩んだ。
まだ目的のデートをしていないのに、私は少し疲れていた。


この時、待ち合わせ時間まであと5分――


「まだ彼氏来ないの?」
不意に後ろから声をかけられて、私は身を硬くした。
振り向かなくても声の主はわかっている。さっきのナンパ男だ。

まだついてきていたの?

もういなくなったと油断していたので、私は軽くパニックになった。
ナンパ男ってこんなにしつこいと思わなかった…

「君心配そうに何度も時計みてるじゃん?もしかして彼氏が来るの遅れてるの?」
なかなかの鋭い指摘に私は反論出来なかった。確かに環先輩は来るのが遅れている。
先輩からのメールでは車が渋滞にはまったようだ。もう待ち合わせ時間から10分ほど経過していた。
男はいつの間に私の近くに立っていた。私はそれを見上げることが出来ない。

また腕をつかまれたら逃げることが出来るだろうか。

私は今までにない恐怖を感じた。

「なら、俺と――」
「結構ですっ!!」
男が一層近寄って来そうだったので噴水のへりから飛び上がるように立ち上がると、男の横をすり抜け早足で歩きはじめた。
いつもと違うサンダルを履いているので早く走ることが出来ないのが歯がゆい。

こわ…いっ!

心の底から男性に対して怖いと思ったのは初めてだった。

少し前のことがフラッシュバックしてくる。海に飛び込んだあの日、鏡夜先輩の言いたかったことがやっとわかった。
確かにどうやっても力では勝てない。
そしてこんなことになったら逃げるしかないんだ。
あらためて自分の非力さを痛感した。一人の時には身を守れないなんて…やっぱり空手か何か習っておけばよかった!

恐怖で目に涙が滲んでくる。

怖い、怖い。
助けて
先輩っっ

「ちょっと待ってよ…」
腕を再びつかまれたと思った瞬間、その手は勢いよく引き剥がされた。そして私は誰かにきつく抱き締められていた。
あの男かとも思って少し抵抗したが、そのシャツから漂う嗅ぎ慣れた上品な匂いに、
私を抱き締めているのは環先輩だと遅ればせながら気付いた。

「俺の彼女になにか用?」
唸るように言う彼は、明らかに怒っていた。
「へぇ、彼氏かっこいいじゃん。」
「なに?」
「遅れたあんたの代わりに彼女の相手をしてあげてたんだよ。礼を言って欲しいね」
なんてふてぶてしい男だろう!先輩のお陰で少しパニックの収まった私は、言い返そうと顔をあげるが先輩に阻まれた。
きつく抱き締められて顔がぎゅっと先輩に押し付けられたせいで少し苦しかったけれど、それでも嬉しかった。
鼻腔いっぱいに彼の匂いを吸い込むと不思議と気分が落ち着いた。
「女性を怖がらせるのは紳士のやることじゃないだろう。」
「遅れてきたのはあんただろ。紳士だのなんだの言うけど、あんたが遅れなきゃ俺が声をかけることはなかったんだよ。」
うっと先輩が言葉につまるが、私は男の言うことが嘘だと知っている。
「嘘つき」
呟いた私の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのが、
苦笑いのような息を吐いた後「まぁ俺はあんたの顔を見たかっただけだから。」と男はごまかすように言った。

それから30秒ほどたっただろうか、環先輩は私を抱き締めた腕を緩めた。
「先輩?」
「あいつは行ったよ。」
周りを見てもそれらしい男の影はなかった。きょろきょろしている私の頭を撫でた手のひらはとても優しかった。
「遅れてごめんな、ハルヒ。俺が遅れなければあんな奴に声をかけられなかったのに」
本気で申し訳なさそうに先輩は言う。
「いえ、先輩。駅からあの男の人はついてきてたみたいなんです。
 駅で一回声をかけられて、さっきのは二回目です」ナンパ男の嘘はそこにあった。
「二回目?」
「先輩が遅れてこようが時間通りにこようが、すでに声をかけられてました。
 ついてきていたみたいたし、先輩が時間通りに来てたとしても何か言ってきたかも…」
環先輩は眉をしかめて、苛立たしげに呟いた。
「女性に断られてもしつこくつきまとうなんてもってのほかだ。怖かっただろう?」
「はい…」
「本当にごめんな?」
もう一度私をぎゅうと抱き締めると先輩は「家に送っていこうか?」と言った。
「えっ?」
「もうデートなんて気分ではないだろう?」
彼の顔を覗きこむと心配そうな目線で見返してきた。
あぁ先輩は本当に優しい人だ。
こうやって先輩と話しているだけなのに心に温かいものが流れこんできて、恐怖で固くなった心が緩むのがわかる。
「絶対嫌です」
「でも……」
「あの人には本当に嫌な気分にさせられたんですよ?家に帰るより先輩といたいに決まってます」
私はそう言い切ると彼を見上げた。先輩と一緒にいないでこのまま帰ったら絶対後悔する。

「嫌なことを忘れるぐらい、私を楽しませてくれるんですよね?」
じっと先輩を見つめると彼は驚いたように目をぱちぱちと瞬きした。そして、満面の笑みを浮かべた。
「わかりました、お嬢様。私と共に参りましょう。でもその前に……手、放してくれる?」
私が無意識にシャツを掴んでいたせいで先輩は動けなかったんだ。
「す、すみません…」
パッと手を放して、私は先輩からも離れた。そう言えば先輩にしみじみ抱き締められたのは初めての事だ。
心臓が跳び跳ねて体の芯がカッと熱くなった。頬がだんだん紅潮していくのがわかる。

苦笑いをした先輩は「こっちなら掴んでていいから」そう言って自然に手を差し出した。

先輩はいつも通りなのにドキドキしているのは私だけなの?
恥ずかしいのと色々感情がごちゃ混ぜになって素直に手を取ることができなかった。
「なんか手慣れてますね……」
「まさか!!ハルヒだけだよ?嫌だった?」
「そんなことないですけど……」
「じゃ、ほら。」
少し顔を傾けてにこやかに左手を差し出す先輩にこれ以上意地をはっても仕方ない。おずおずとその手を取った。

大きくて柔らかい先輩の手はさっきの男のそれとは違い嫌悪感など抱かなかった。あるのはほかほかとする感情のみ。
あぁ、やっぱり私はこの人が好きなんだ。
「今日、可愛い格好だね。」
「ほ、本当ですか。」
「うん、もちろん。まあどんな格好でもハルヒは可愛いけどね。」
ゆっくりと歩き出す彼の隣にずっといたい。
幸福感を噛みしめながら私は先輩と共に歩き出した。






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