BL小説(TIGER&BUNNY編2)
□【虎兎】10年目の結婚記念日
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せめて相手の顔を見たい。
僕はドラマの撮影中、そんな事を考えていた。
もしかしたら今参加させて貰っているドラマが男女の三角関係で泥沼なストーリーだったのも影響されているかもしれないけれど…
このドラマの女性のように男性の愛人に会いに行ったりしてもいいだろうか?
…いや、そんな事は出来ない…
僕は"バーナビー・ブルックスJr.なんだ。
そんな女々しい事は出来ない。
「カット!!チェック入ります!!」
監督の声に僕は我に返った。
仕事中に何を考えているんだ?!
小さくため息をついて僕専用のチェアに座る。
マネージャーから珈琲を受け取り口に付けようとしたが飲む気になれずそのまま両手で持った。
「どうしたのハンサム〜?元気ないわね〜」
聞きなれた声に顔を上げるとピンクの長い爪を真っ赤に分厚く塗った唇に添えて妖しく微笑むネイサンが佇んでいた。
「社長、どうしたんです?」
「もぅ!社長は止めてって言ってるでしょ?」
プリプリと腰を振りながら僕の傍まで歩み寄ってくるネイサン。
「すみません。つい…」
「所で…どうしたの?元気ないじゃな〜い?私仕事入れすぎたかしら?」
「…いえ…」
「ふ〜ん…」
ネイサンは目を細めて腕を組む。
この人には嘘はつけないな…
ため息をついて眉を下げて笑ってみる。
ネイサンはそんな僕を見て呆れた顔をしながら笑った。
「アンタ本気で疑ってるの?!」
盛大なため息をつき、ネイサンは本当に呆れた顔をした。
「疑っているというか…事実なので…」
「事実って…それはカリーナが見たって話だけで実際浮気現場を見た訳じゃないでしょ?ちゃんと確認もしないで疑うのはどうかと思うわよ?」
「…っ」
ネイサンの言う事はもっともだ。
虎徹さんから直接聞いた訳じゃない。
反論出来ずに唇を噛んでいる僕にため息をついたネイサンは走り書きしたメモを僕に渡す。
「この場所に行ってごらんなさい?面白いものが見れるわよん?」
軽くウィンクをしてネイサンは踵を返して行った。
受け取ったメモに視線を落とす。
「……フラワーショップ?」
僕はただ茫然とメモを見ているしかなかった。
撮影が終わった僕はネイサンから受け取ったメモにあるフラワーショップへ。
こんな所に行って何があるというんだ?
僕は虎徹さんが浮気をしているかどうか知りたいだけなのに……
この場所に行く理由はないと一度はメモを握りしめダストボックスへ放り捨てようとした。
『この場所に行ってごらんなさい?』
『面白いものが見れるわよん?』
ネイサンの言葉が頭から離れない。
くしゃくしゃになったメモを持って僕はその場所へ向かった。
シルバーの建ち並ぶショップの中にそのフラワーショップはあった。
小さく可愛らしい作りのその店は所狭しと色んな花が並んでいる。
僕は何をしているんだろう…
フラワーショップの5件隣に面している喫茶店に入った僕は珈琲に口を付けてはため息をつく。
どのくらい経ったのか?
閉店したフラワーショップに向かってくる二つの影が見えた。
「あ…」
虎徹さんだ…
女性と歩いている虎徹さんを見つけ、僕は急いで喫茶店を出た。
まだ僕には気づいていないらしい2人は楽しげに話している。
喫茶店を出た僕は喫茶店を通り過ぎた2人の後を距離を置いて追った。
女性がフラワーショップの前で開錠している隣で虎徹さんは待っている。
その横顔がとても優しくて僕は胸を痛めた。
すると、
「それにしても鏑木さん?後もう少しで完成ですね?」
「えぇ…もう苦労しましたよ〜」
「そうですね〜…クスクス…鏑木さんって不器用ですもんね?」
「あ、まぁ…ははは…はは…」
どこか照れたような声で笑っている。
…そんなにその女性の事が好きなんですか?
僕は下唇を噛んだ。
「だってしょ〜がねぇんですよ〜?あいつの髪がすげぇカールになってっから難しくて」
…え?髪がカール?
「そうですね。バーナビーさんの髪って特徴的ですしね」
「それにアイツの眼鏡んとことかも超むずくって」
「だから眼鏡ナシでもいいんじゃないですか?って言ったじゃないですか」
「ダメダメダメダメ!眼鏡はアイツのチャームポイントですから!それ外しちゃあダメなんすよ」
「ふふふ…愛されてますねバーナビーさん」
「そりゃあもう…愛してますから…」
シャッターを開け女性が中に入っていく。
その後を虎徹さんが真っ赤な顔をして付いて行った。
………なんだったんだ?
僕の事話していたけど……なんの事だ…?
というか…虎徹さんあの女性と浮気している雰囲気まるでないじゃないか?!
僕の事…あ、あい、愛してるとか…言ってたし…
じゃあ…じゃあ…どうして一緒にこの店に入っていったんだ??
茫然としている僕はその日、どうやって家に帰ったか分からなかった。
玄関が開く音がした。
虎徹さんが帰ってきたらしい。
僕は何も手に付かず、じっとソファで膝を抱えて座っていた。
その態勢に驚いた虎徹さんは鞄を放り投げて僕に近づき抱きしめる。
「どうしたんだバニー?!」
「…おかえり、なさい…」
「おぉ、ただいま…つーか、お前何してんだよ?電気も付けねぇで?」
「…虎徹、さん…」
「ん?」
抱きしめながら僕の頭を優しく撫でる。
「……僕の事…ちゃんと愛してるんですか…?」
「…へ?」
「…愛してますか?」
「あぁ…愛してるよ?なんだ?知らなかったか〜?ん〜?」
そう言って頭に、耳元にキスをしてくる。
僕は首を横に振って答える。
「じゃあなんで今更んな事聞くんだ?」
「…だったら…どうして女性と会ってるん、ですか?」
「え?」
「…フラワーショップの…」
「あっ、えっ、えぇ?!」
僕を抱きしめていた腕を解ける。
少しだけ見上げると目をキョロキョロさせている虎徹さん。
「いや、だからっ、その…あっ…」
「…最近帰りが遅いのはそれですよね?…花を買う訳でもないようだし……どうしてですか?」
なんで分かったかな?とかボソボソと言いながら困ったように頬を指で掻いた。
「…記念日にビックリさせようと思ってたんだけどな〜…」
と、一気に顔を赤くして虎徹さんが呟く。
そして僕を再び抱きしめると耳元で囁いた。
「…花びらでバニーの顔作ってた…」
「…は?」
「それ…記念日の…プレゼントにしようと思ってよ…」
驚いて顔をあげようとしたけどきつく抱きしめられていて出来ない。
「…じゃあ…あの、女性…は…?」
「あの人は仕事場の同僚のエレナさんだ。実家が花屋やっててさ…協力してくれるっつーから」
……浮気じゃなかった……
それが分かって僕の目から一気に涙が溢れた。
泣いている僕に気づいた虎徹さんが慌てて腕を緩めて僕の顔を覗き込む。
「え?ちょ、なんで??なんで泣いてんだ??」
バニー、バニーと何度も名前を呼んで頬に伝う涙を拭ってくれる。
それに答えようとするけれど次から次へと涙が溢れて言葉に出来ない。
なんでもないんだと泣きながら首を横に振る。
両手で僕の頬を包み込んで顔中にキスを落としていく。
「…ばにー?…泣くなよ…バニー…なぁ…俺のバニー…?」
優しい彼の声がますます僕の涙を止める事が出来なくて…
彼を疑ってしまった罪悪感と、彼から愛されていたんだという幸福感が入り混じる。
「ぼく…ごめんな…さぃ…あなた、が…浮気…したん、だと…おもって…怖くて…」
「俺が浮気?…なんでそんな事言うの?俺…10年もお前と一緒にいるのに…全然他のヤツなんか目に入ってねぇよ?」
「…だって…」
「ったく…俺の兎ちゃんは…バカだなぁ」
たくさんのキス。
視界が歪むくらいに近づく虎徹さんの顔。
お互いの鼻先が付くくらいの距離で虎徹さんが微笑む。
「そんなお前も可愛くて俺は好きだけどな?バカバニー?」
「…そんなにバカバカ言わないで、下さぃ…」
口を尖らせて拗ねてみる。
長く一緒にいるから彼の拗ねた時の表情が移ったみたいだ。
クスクスと笑いながら虎徹さんは唇を重ねてくる…ちゅっと音を立てて…
虎徹さんの唇が何度も角度を変えてキスをしてくれる…
目を閉じて僕はそれに応えた…
舌先で閉ざした僕の唇にノック…少しだけ広げるとすかさず中へと中へ入ってきた。
「…んっ…んんっ…」
生ぬるい彼の舌が僕の舌を絡め取られた。
柔らかく器用に蠢くその舌はいとも簡単に僕に快感を与えてくれる。
虎徹さん…貴方が好きです…
例えどんな事があっても僕は……貴方を誰にも渡させない…
貴方の手を、唇を、舌を、貴方自身を…僕の中に取り入れて…
このまま…どうか僕の中へ…もっとずっと僕の奥へ…
そして結婚記念日でもあるクリスマス・イヴ当日。
虎徹さんから貰ったプレゼントとともにこれからもずっと一緒だという言葉に僕は嬉しくて泣いて頷いたけど……
……花びらで作られた僕の顔は…僕に似た別人のようだった。
「すげぇ頑張ったんだぜ俺〜!」
そう言って照れながら口を大きくして笑う虎徹さんにツッコミも出来ず口の端を震わせて僕は笑った。
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