「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第8話「黒星」
1ページ/5ページ

「嘘!ない!!」
書架の前で、郁は思わず声を上げていた。
目的の図書はそこにはなく、ただその厚み分の小さな空間があるだけだった。

2月下旬、年明け初の検閲があった。
代執行に挙げられていた図書は10冊ほど、いずれも今年に入ってから検閲対象になったものだ。
時刻は夕方、もうすぐ閉館時刻だ。
つまり利用者のことを気にせず、戦えるということだ。

これは長い戦闘になる。
郁は淡々と身支度を整えながら、呼吸を整えた。
郁1人で使っている女子更衣室、普段は寂しいがこのときだけはありがたいと思う。
誰もいない静寂の中で、気持ちを落ち着かせることができるからだ。
絶対に図書は渡さない、そのためにできるのは仲間を信じて戦うことだけ。
戦闘服に着替えた郁は「よし!」と小さく気合いを入れると、更衣室を飛び出した。

「対象図書を書庫に格納、堂上班に一任する!」
堂上班が揃うなり、指示が出た。
今回の対象図書10冊は、作家もジャンルもまちまち。
つまり館内のあちこちに散らばっている状態だ。
これを堂上班4人でかき集めて、地下書庫に格納する。
それが最初に下されたミッションだった。

郁に割り当てられた2冊は、比較的わかりやすい場所にある本だった。
堂上と手塚は3冊、小牧はわかりにくい場所にある専門書を2冊。
おそらくこれは日頃の事務処理能力によるものだと思う。
それを少しだけ悔しいと思った郁だが、今はそれどころではないと思い直した。
目的の図書を1秒でも早く回収するのが、今の郁の使命だ。

だがその図書が格納されている場所には、何もなかった。
ただ本の厚みの分だけ、隙間が空いているだけだ。
もしかして貸し出し中?
郁は慌ててもう1冊の本の場所まで来てみたが、それもない。
同じように1冊分の隙間があるだけだ。

「笠原です!対象図書が1つもありません!」
郁は無線に向かって、慌てて呼びかけた。
そうしながらも書架の番号を確認しながら、もう1度捜してみる。
それでもやはり図書は見つからなかった。

『こちら小牧。こっちも見つからない!』
『手塚です。こちらも対象図書が見つかりません!』
混乱する郁に、さらに驚きの報告が飛び込んでくる。
最後にとどめとばかりに『こっちもない』と呻く堂上の声が聞こえた。

そのときだった。
郁の視界の隅に人影がよぎる。
弾かれたようにそちらを見た郁は、図書館を飛び出していく男を見つけた。
黒い戦闘服、背負った背嚢は重みでたわんでいる。
その男は一瞬だけ郁の方を見たが、すぐに走り出した。

「笠原、図書を持っていると思われる良化隊員を発見!東側の非常口に向かってます!」
『・・・笠原、すぐに追え!全員でフォローする!』
「了解!」

堂上の答えが一瞬遅れたのは、すでに図書が奪われていたことがショックだったからだろう。
だがすぐに指示が出て、郁は弾かれたように走り出した。
程なくして背後に頼もしい気配を感じる。
堂上、小牧、手塚。
配属されてから半年余り、いつも郁を支えてくれた上官と、共に成長する仲間のフォローだ。

「逃げるな。待てぇ!」
郁は警告を発しながら、逃げる良化隊員を追いかけた。
明らかに郁の方が早く、その姿はどんどん大きくなっていく。
そしてついにその背中を捕まえた瞬間、郁は勝利を確信した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ