消滅3題

□だから私が消える
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「私も横澤のお兄ちゃん、好きかも」
思いがけない日和の言葉に、桐嶋は目を剥いた。
将来、日和が横澤に惚れてしまったらと、漠然と考えたことはある。
だが現実になったりしたら、絶対に困る。

横澤の怪我を、日和には明るさを装って「大丈夫」と言ったが、それは願望だ。
帰宅した横澤は意識もあったし、言葉も明瞭だった。
素人目には大したことはないように見える。
だがやはり頭を殴られたというのは、不安だった。
それでも日和が安心したような表情になったので、少しだけ明るい気分になれた。

「ソラ太は愛されてるな」
ベットで眠る横澤の横顔に、文句を言ってみた。
桐嶋だって、最期の瞬間までソラ太には元気でいて欲しいし、好きなものを食べさせたい。
だがそのために横澤が危険な目に合うというのは、やぶさかではなかった。
この場合悪いのは、間違いなく横澤を襲った若者たちだ。
だが恋人として、こっそりソラ太に嫉妬するくらいは許されるはずだ。

「腹減った。」
ぐっすり眠っていた横澤が、目を覚ました第一声はそれだった。
まったくこちらの気も知らないで、いい気なものだ。
どうにも日和と横澤に振り回されている感が否めない。

「今、お粥を用意してる。」
「できればもう少し、腹にたまるものがいい。」
「贅沢言うな。ひよがせっかく作ってるんだ。」
「それを先に言え。」

桐嶋相手なら文句を言っても、日和ならいいと言うのか。
ますます面白くない。
何か皮肉の1つでも言おうと思った途端、ドアが開いた。
顔を出したのはもちろん日和で、テキパキと土鍋や茶碗、お茶などを部屋に運び入れ始める。

「お粥じゃお腹にたまらないかと思って、雑炊にしたよ!」
「お、ひよ。気が利くな。」
日和と横澤が楽しそうに喋るものだから、ますます気に入らない。
開いたドアの隙間からは、ソラ太が見舞客よろしく横澤を見ていた。

「パパの分もあるから。ごゆっくり!」
日和は土鍋や食器類をすべて運び終えると、手を振りながら出て行ってしまった。
確かに茶碗も湯呑も2人分用意されている。
2人きりで食事を楽しめという小憎らしい配慮のようだ。
桐嶋はため息をつきながら、土鍋の蓋を開けた。
鶏肉と野菜がたっぷり入った味噌風味の雑炊は、実に美味そうだ。

俺はこのまま最期の日まで、日和に茶化されつづけるのか?
だがその想像は思ったほど嫌ではなく、むしろ楽しいことに気付いた。
愛する家族と共に迎える最期は、きっと幸せということなのだろう。
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