「図書館戦争」×「世界一初恋」

□第1話「気に入られてる?」
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「あの、差し出がましいようですが」
利用者らしき青年が、声をかけてきた。
郁はその青年の整った美貌に、呆然と見惚れていた。

昭和の最終年度、公序良俗を身だし、人権を侵害する表現を取り締まる法律が成立、施行された。
メディア良化法である。
そしてメディア良化法の検閲に対抗するべく設立されたのが「図書館の自由法」だ。
笠原郁が物心ついた頃には、メディア良化隊による検閲と検閲から本を守る図書隊との抗争はすでにあった。
そして高校時代の運命的な出会いをきっかけにして、郁は図書隊を目指した。
大学を卒業し、念願の図書隊に入り、本を守るために戦う。
その夢をかなえて順風満帆のはずなのだが。

図書特殊部隊に配属されたばかりの郁は、苦戦していた。
どちらかといえば肉体派、ぶっちゃけ体力バカの郁は、頭を使うのが苦手なのだ。
だが特殊部隊はすべての図書館業務をこなすエリート集団である。
単純に身体を使えばいいと防衛部を志望したのに、なんでこんなことにと思ったことは数え切れない。
だが配属を嘆いたところで、目の前にある仕事はなくならない。

郁は年配の男性利用者に、質問攻めにされていた。
利用者への本の案内、レファレンスが苦手なのだ。
完全にテンパってしまった郁は、気が付かない。
だが冷静にこの状況を俯瞰で見れば、利用者の男性が少々無理難題を言っているのがわかるだろう。

「だから、その江戸中期の庶民の暮らしがわかる本が欲しいんだ。」
「では、こちらの本は」
「それはすでに読んだ。わかりやすいが広く浅い感じだ。もっと詳しいのがいい。」

明らかにその男性は、郁よりもこの図書館に詳しい。
後で聞いたところによると、この男性は手厳しく、業務部では要注意人物だったのだ。
困り果てた郁は、辺りをキョロキョロと見回す。
だが郁が所属する堂上班の他の3人は、別の利用者に捕まっている。
そして業務部の女性館員はチラホラといるが、郁と目を合わせないようにしていた。
この男性のレファレンスは嫌だったし、イケメン揃いの堂上班に配属された郁を妬んで嫌がらせをする意味もあったのだ。
困り果てているときに、ふと声がかかった。

「あの、差し出がましいようですが」
利用者らしき青年が、声をかけてきた。
郁はその青年の整った美貌に、呆然と見惚れていた。
ビジュアル系である堂上班を常日頃見ていても、目を瞠るほどの美しい青年だ。

「分類は歴史ではないですが、こちらはどうですか?」
青年は一冊の本を差し出した。
手厳しい男性利用者が「これは?」と聞き返す。
青年は笑って「角遼一先生の時代小説です。」と答えた。

「時代考証はしっかりしていて、詳しいし、わかりやすいですよ。」
青年がそう告げると、本を差し出す。
すると男性利用者はそれを受け取り、パラパラとページをめくると「うん」と大きく頷いた。
そして「これを借りることにしよう」と告げたので、郁は男性利用者を貸出カウンターへと案内した。
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