「図書館戦争」×「世界一初恋」

□第3話「七光りコンプレックス」
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「律さんがケガしたって!」
女性の図書館員が叫ぶ。
高野はその声にピクリと反応してしまった。

高野政宗は、武蔵野第一図書館に来ていた。
彼もまた本好きではあるのだが、現在住んでいる自宅マンションから通える場所ではない。
最寄りの図書館にはそれなりに本は揃っているものの、検閲対象の本はない。
だからたまの休日には、ここへ足を運ぶ。
一日中、本に囲まれ、普段読めない本を読むのは、最高の贅沢だ。

だが高野には、秘かにもう1つ、目的があった。
いや目的というほど、勝算が高い話ではない。
高校時代に学校の図書室で出逢った少年を捜していたのだ。

彼はとにかく本好きだった。
学校の図書室の本を片っ端から読むなんて言う荒業を、事もなげにやり切るほどだ。
あの頃の高野は人間不信とまでは言わないが、家族やクラスメイトなど全ての人と一線引いていた。
誰とも深く関わらないようにしながら、家に帰りたくなくて、図書室で時間を潰していた。

そんなとき、懐に飛び込んできた後輩の少年。
彼は同じ男であるのに、献身的に高野を愛した。
そんな少年に高野も心を許したのに、ある日突然消えてしまったのだ。
どんなに捜しても見つからず、高野は深く傷ついた。

それからもう10年だ。
女性と、いや男性とも身体を重ねる経験をし、少年のことは忘れたつもりでいた。
だがふとした時に彼のことを思い出すのだ。
好きな本がなかなか読めないこのご時世、本好きの彼ならここに来るに違いない。
もしも彼が東京にいるのなら、ここに来ればいつかきっと。
高野は検閲対象の本を読みたいという大義の向こうにそんな恋心を隠して、武蔵野第一図書館に通うのだ。

だが今日は何だかいつもと違った。
妙にザワザワと騒がしい雰囲気なのだ。
いったい何があったのかと、高野は貸出カウンターに近づいた。
図書館員の女性が数人、固まっていたので、話を聞こうと思ったのだ。

「窃盗犯、堂上班が確保したって」
「でも今回はヤバかったみたいよ。」
「律さんがケガをしたって」

図書館員たちの話を聞いた高野は小さく「え?」と呟いた。
律さん。律。
それは高野が未だに愛しているあの少年と同じ名前だ。

「すみません。その律さんという人は」
高野は思わず身を乗り出して、図書館員たちに問いかける。
そこで彼女たちは、利用者に聞こえるようにお喋りをしていたことがまずいと気付いた。
困って、口ごもる図書館員と高野の間に割り込むように、別の女性図書館員が「申し訳ありません」と告げた。

「他の利用者さんのことは、お答えできないんです。」
長い黒髪の美人の図書館員が丁寧に、だが断固とした口調でそう言った。
固まってお喋りをしていた図書館員より年下のようだが、彼女の方がよほどしっかりしている。
この様子では「律さん」なる人のことを、絶対に教えてくれないだろう。
高野は「失礼しました」と頭を下げると、貸出カウンターから離れた。
去り際にチラリと黒髪美人の図書館員の名札に「柴崎麻子」と書かれていたのが見えた。

律なんて名前は、ありふれているとはいわないが、珍しくもない。
そもそも男でも女でも通用する名前なのだから。
高野は小さくため息をつくと、目当ての書架へと向かった。
今日はしっとりと竹内かよこの本でも読みたい気分だ。
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