「図書館戦争」×「世界一初恋」

□第3話「七光りコンプレックス」
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「それにしても律さん、すごかったねぇ」
小牧はビールを飲みながら、思い出し笑いで上戸を発動させている。
堂上は「俺の部屋で吹き出すなよ」と念を押しながら、確かにすごかったと思った。

蔵書窃盗犯を確保し、取り調べの後、警察に引き渡した。
その日の夜、堂上の部屋では、恒例の部屋飲み。
小牧と手塚がビールやつまみを持参し、堂上の部屋で集っていた。
話題はもっぱら本日の捕り物。
窃盗犯というよりは、律の話に終始した。

「律さんの新たな一面、見たよね。」
小牧は一度は収まった上戸を、またしても発動させそうになっている。
堂上は「お前、いいかげんにしろ」と言いながら、今日のことを思い出していた。

「これは俺が編集を担当した本だ!それに俺だけじゃない!たくさんの人の苦労が込められた本なんだっ!!」
律はそう叫ぶと、向かいに座る男の襟首をつかんでねじ上げた。
そしてグイっと顔を近づけると、一気に捲し立てたのだ。

宇佐見秋彦が素晴らしいって!?
作家としては天才だけど、人間としては最低だよ!
締切なんか守りゃしない。
それどころか気が乗らないと、書かない。
その上、締切当日に脱走して旅行に出ようとするクソ野郎だ!
それを宥めて、すかして、書かせるのが、どれだけ大変かわかるか!?
締切に間に合わなくて、企画や営業や印刷所に頭下げて回る編集の苦労がわかるのか!?
あのアホ作家のせいで、何人も振り回されて。
検閲にかかる表現はやめろって言っても、聞きやしない。
必死に出した本が検閲対象になる悔しさが、わかるのかよ!!
挙句の果てに、そんな大事な本を盗もうとしやがって!!

律の叫びは犯人だけでなく、戦闘職種の特殊部隊員たちをも黙らせた。
横で聞いていただけでも、その迫力に圧倒されたのだ。
思いっきり顔を近づけられて、怒鳴り散らされた男はさぞ怖かっただろう。
その証拠にガタイのいい男が、ブルブルと震えていた。

「本当に驚いたよ。美人が怒ると怖い。」
「律さんはただの美人じゃないだろう」
「そうだね。七光りの御曹司だと思ってたら、痛い目を見る。」

堂上も小牧も、律の話題を肴にグイグイとビールを飲んだ。
正直なところ、律のタンカは聞いていて気分が良かった。
本を作るのは作家だけではなく、編集者など多くのスタッフが関わっている。
そんな編集のスペシャリストたちの情熱が伝わってくるものだった。

「俺たちは、彼らが必死に作り上げた本を守るとしたものだろう。」
「そうだね。笠原さんも律さんの演説に感動していたみたいだし。」

堂上と小牧はチラリとずっと黙っている手塚を見た。
同じ「御曹司」である手塚は、律を見て思うところがあるようだ。
だがこればかりは、上官がどうこうできる問題ではない。
手塚が自分1人で折り合いをつけるべきことであり、堂上と小牧は黙って見守るつもりだった。
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