「図書館戦争」×「世界一初恋」

□第3話「七光りコンプレックス」
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「手塚君って、図書館協会会長の手塚さんの息子さん?」
ニコニコと笑顔で問われた手塚は「はぁ、まぁ」と答えた。
贔屓目で見られるのは嫌なので、はっきり言って触れられたくない。
そのせいで不機嫌な声になってしまった自覚はあるが、これ以上愛想よくはできなかった。

窃盗犯を確保し、律が盛大に捲し立てたあの日以来、手塚は考え込んでいた。
小野寺律。
出版社社長の息子でありながら、編集者として頑張る彼は、手塚とはそんなに年が離れていない。
それなのに、親の七光りなんてどこ吹く風で、飄々としているように見える。
それでいて、あの堂上や小牧を感心させるほど、本への思いは熱い。
父や兄へのコンプレックスを持て余す自分とは、大違いだ。
どうしたら、あんな風にいられるのだろう。

だがタイミングが悪いと言うべきか。
そんなことを悩みながら、館内で配架作業をしているとき、律と出くわした。
相変わらず図書館員とは一線を引いている律だったが、あの窃盗事件以来、堂上班とは打ち解けた。
手塚に気付いた律がていねいに頭を下げるので、手塚も礼を返す。
だが通り過ぎようとした律は足を止めて振り返り「あの」と声をかけてきた。
そして「手塚君って、図書館協会会長の手塚さんの息子さん?」と聞いてきたのだった。

「やっぱりかぁ。よく似てるもんね。」
律は手塚が肯定したのを見て、納得している。
ちなみにこのとき2人を見かけた女性業務部員たちは、イケメンのツーショットに沸き立っていた。
だが律も手塚も気づくことなく、話し続けた。

「父を御存知ですか?」
「俺は顔見知り程度だよ。会えば挨拶するくらい。でも俺の父とはいろいろ付き合いがあるみたい。」
「そうだったんですか」
「うん。俺の家にいらしたこともあるしね。」

律は「ごめん。仕事の邪魔したね」と行き過ぎようとする。
だが今度は手塚は「あの」と、律を呼び止めた。
律は足を止めると「何?」と聞き返してくる。

「似てるかもしれませんが、俺は父ではないので。」
手塚は感情のままにそう言ってから、しまったと思った。
コネだとか贔屓だとか、もう父親とセットでまとめられるのが嫌なのだ。
俺は俺なのだと思った途端、つい口走っていた。
律は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに悪戯っぽく笑った。

「わかるよ。それ。俺もいつも考えてる。」
「え?律さんもですか?」
「毎日のように、父を引き合いに出されるんだ。俺は俺だっつうのにさ。」
「よくわかります。」
「いつか絶対に越えてやるって思ってるけど、まだまだ及ばなくて。毎日ため息だよ。」
「律さんでも、そうなんですか」
「そうだよ。七光りコンプレックス。だけど必死にそんなの気にしてませんって顔してるんだ。」

親のことなんてまるで気にしていないように見えた律も、手塚と同じことを考えていた。
何だか手塚はそれだけで、救われたような気分になった。
そしてこの明るさは見習わなければと思う。
「俺は俺だ」とか「絶対に越えてやる」とか、普通に口に出せる強さは尊敬に値する。

「ちなみにお父さんにも似てるけど、お兄さんにも似てるね」
「・・・兄も御存知なんですか」
「うん。出版関係のパーティとかでたまに会うよ。それでこの前、研究会に誘われた。ええと、未来企画だっけ?」
「え。。。」
「ことわっちゃったけどね。俺には無理そうだったから。」

律は「ごめんね。お邪魔しました」と頭を下げると、今度こそ去っていく。
呆然としていた手塚は、少し離れた場所で配架をしていた郁が「律さん、こんにちは」と挨拶する声で我に返った。
そして思わずため息をついてしまう。
兄が律を未来企画に誘った。
そんな話を聞かされて明るく振る舞うほど、人間はできていない。
それでも律のように、コンプレックスを気にしていない振りをするのは、悪くないと思った。

【続く】
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