「図書館戦争」×「世界一初恋」

□第7話「新天地」
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武蔵野第一図書館か。
羽鳥は広い敷地内を見回しながら、考え込んでいた。

丸川書店の少女漫画編集者、羽鳥芳雪は久しぶりに武蔵野第一図書館にやって来た。
最後に来たのは、確か大学生の頃だ。
元々本は好きだったし、実家はここからそう遠くない。
メディア良化法のおかげで、とにかく本が高いこのご時世。
図書館は強い味方だ。

だが就職すると同時に、ピタリと来られなくなった。
会社に近い場所に部屋を借りたので、来にくくなったというだけではない。
担当になった作家が、とにかく手がかかるのだ。
とにかく筆が遅く、デット入稿常習者。
しかも生活能力も低く、家事の類は壊滅状態。
食事だって放っておけば、インスタントものばかりになるだろう。
そんな作家の仕事も生活も面倒を見る羽鳥には、とても図書館に通うような時間の余裕はなかった。

そんな羽鳥がわざわざ武蔵野第一図書館にやって来たのには、もちろん理由がある。
手のかかる担当作家にして幼なじみの吉野千秋が、次回作はここを舞台にしたいと言い出したのだ。
メディア良化法なんてものがなければ、羽鳥は2つ返事で賛成しただろう。
だけど今の日本では、かなり難しいと思う。
少しでも図書館を美化するような表現が出たところで、おそらくアウト。
もしかしたら図書館が舞台というだけで、検閲対象かもしれない。

それでも羽鳥は、武蔵野第一図書館を見に来たのだ。
羽鳥にとっては、単に本を借りるための場所に過ぎない。
だが吉野はこの図書館で、違うものを見たのだ。
検閲にかかるかもしれないとわかっていながら、吉野に描きたいと思わせたものがある。
それが知りたくて、ここまで来たのだが。

「あの、何かお困りでしょうか?」
書架の間や敷地内をブラブラと歩いていた羽鳥は、エントランス前で声をかけられた。
声をかけてきたのは、パンツスーツ姿の長身の女性だった。
階級章と名札をつけているところを見ると、図書館員だろう。

「いえ。別に。」
羽鳥は答えながら、自分の行動が図書館員から見れば怪しかったことに気がついた。
図書館に来ているのに、本を見るでもなく、敷地内の自然を楽しむわけでもない。
ただただウロウロ歩き回るだけだ。
もしかしたら本の窃盗を企んでいるとでも思われたかもしれない。

「すみません。数年ぶりにここに来たので、雰囲気を楽しんでいました。」
羽鳥は適当な説明をしながらも、こんなことで疑いが晴れるのかと思う。
だが女性図書館員は「なるほど」と答え「お邪魔して申し訳ありません」と頭を下げたのだ。
そして女性館員は羽鳥に背を向けると、小走りで少し離れた場所にいる男性の図書館員の隣に立った。

「言ったでしょ?手塚!あの人が不審者のわけないって!」
女性図書館員に勢い込んで報告すると、男性図書館員が「お前、声デケーよ」と文句を言う。
だが女性図書館員は「あんなに綺麗な顔した人が、事件を起こすわけないじゃん」と笑った。
それが聞こえてしまった羽鳥は、思わず吹き出した。
羽鳥的にはどうでもいいが、周囲からは美人と言われているのが役に立ったようだ。
男性図書館員は「何だ、その根拠」と苦笑しながらも、2人は遠ざかっていく。
どうやら女性図書館員の直感に、信頼を置いているようだ。

確かに図書館、意外と面白いかも。
羽鳥はこっそりと心の中で思いながら、図書館を出た。
そしていつか検閲のことなど気にせずに描ける時代が来ることを、切に願った。
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