「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第3話「ノスタルジー」
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「ムッフ、フ〜ン」
三橋は鼻唄を口ずさみながら、広大な図書館内を闊歩する。
だが背後から「ご機嫌だな」と声がかかり「うぉ!」と声を上げた。

仕事の合間の休憩時間、三橋は図書館に来ていた。
三橋ははっきり言って、本はほとんど読まない。
集中力は人並み外れてある方なのだが、それは身体を使うことに限定されてるのだ。
ぶっちゃけ投球も料理も何時間でもできるが、読書だとものの10分で眠くなる。

だがこうして図書館の中を歩き回るのは、妙に楽しかった。
そびえ立つ書架の中に、ぎっしりと詰まった本たち。
それはまるで広大な森のようだ。
そして古い紙なのか、インクなのか、独特のにおい。
学生時代は野球に明け暮れ、図書館などほとんど利用しなかった。
なのにこの場所に来ると、何ともノスタルジックな気分になるのだから不思議だ。

三橋は目当ての場所で立ち止まると、1冊の本を抜き出した。
人があまり来ないコーナー、しかも背伸びしなければ届かない場所。
まるで世間的にはほとんど注目されていないと象徴しているようだ。
だが三橋にとっては、とても大事な本だった。

本を手に取った三橋は、再び館内を歩き始めた。
何となく足取りも軽くなり、無意識に鼻唄が出る。
そんな三橋に声をかけたのは、幼なじみの旧友だった。

「ご機嫌だな」
「うぉ!は、ハマちゃん!」
「館内で大きな声を出すなって」

苦笑しながら三橋を窘めたのは、浜田良郎。
幼少期には浜田も三橋も「ギシギシ荘」と呼ばれた古いアパートに住んでおり、遊び仲間だった。
程なくして引っ越しで別れたが、高校でクラスメイトとして再会した。
もっとも浜田は1つ年上で、留年の結果同級生になったのだが。
そして浜田は三橋がエースを務める野球部を、応援団長として支えてくれた。
卒業後もメールなどでやり取りをしたり、たまに会って食事をする仲だ。

「この、本。お願い。」
三橋は先程書架から取り出したばかりの本を、浜田に渡した。
そして「イザってときは、オレ、かばわなくて、いい」と告げる。
浜田は一瞬驚いた表情になったが、すぐに「心配すんな」と笑った。

「オレが進んで協力するんだからな。」
「でも」
「本当に大丈夫。っていうか協力させてくれ!」

浜田は拳で胸を叩くと、二カッと笑った。
昔と変わらない悪戯っ子のような、それでいて頼もしい笑顔。
三橋は「ありがとぉ!」と泣き笑いの表情になった。

「時間大丈夫か?休憩中なんだろ?」
浜田がふと思い出したようにそう告げると、三橋が「そ、だった!」と声を上げた。
壁の時計で時間を確認すれば、もう戻らなければならない時間だ。

「じゃあオレはこの本を借りて帰るから。」
「そ、か。気、を、つけて!」
「お前こそ。ああ、おばさんによろしくな!」
「うん。言っとく。今度、ゴハン」
「ああ。近いうちにな。」

おばさんとは三橋の母のことだ。
浜田とは、幼少期は同じアパートでよく顔を合わせた。
また高校時代は三橋の試合のスタンドで一緒に応援した。
しかも携帯の番号を交換しており、高校時代はメル友よろしくやり取りをした仲なのだ。

こうして三橋と浜田は短い再会を果たし、別れた。
こんなことで会うのではなく、普通に食事をしながら思い出話をしたい。
三橋はそんなことを思いながら、浜田の背中を見送ったのだった。
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