「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第3話「ノスタルジー」
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「館長代理が図書館法第31条に抵触する行為を行っている可能性があります。」
柴崎はきっぱりと断言する。
それを聞いた堂上班4名と隊長の玄田は、厳しい表情になった。

郁が何とか地下書庫のリクエスト業務に慣れてきた頃、事件は起こった。
1ヶ月で15冊にも及ぶ、所在不明図書。
それを不審に感じた柴崎が調べ、その内容を業務部ではなく特殊部隊に上げた。
消えたはずの図書が、館長代理が書庫から出て来た後、閉架書架から発見された。
そのすべてが教育委員会から「望ましくない図書」の指定を受けていると。

「要するに、館長代理が蔵書隠蔽してたってこと!?」
わかりやすく熱しやすい郁の声が裏返った。
堂上が「落ち着け」と窘めたが、悔しい気持ちは同じだ。
状況はグレー。
心証的には真っ黒なのだが、明確な証拠はない。

「あのっ『望ましくない図書』って、これで全部なんですか?」
何となく打つ手なしの雰囲気の中、手を上げて質問したのは郁だった。
柴崎は「あんた、小学生?」と呆れながら、1枚の紙を取り出した。

「『望ましくない図書』のうち、ここにないのは4冊。不明図書騒動の前に利用者に貸し出してる。」
そつがない柴崎は、そこまでしっかり調べていたらしい。
その紙には本のタイトルと、現在借りている利用者の名前がプリントされていた。

「え?不明図書の話が出始めたのって、結構前じゃ」
「ええ。読み切れずにもう1度借りる手続きをしに来た人が2名。延滞している人が2名。」
「その人たちは、怪しくないんだよね?」
「ええ。ほぼ全員、常連さん。」
「ほぼ?ってことは。」

郁が目敏く言葉尻を捕えて、聞き返す。
柴崎は内心、こういうところは鋭いのよねとひとりごちた後、赤ペンで1人の名前に丸を付けた。
郁は「はまだ、よしろう?」とその名前を反復した。

「そう。この人だけが初めて本を借りた人。」
「な〜んか怪しくない?図書館初めての人がこんなマイナーな本を借りるかなぁ?」
「仕事か何かで必要だったのかもしれないだろう?」
「それにそもそも他の本を隠蔽して、この本だけこんな形で持ち出す理由はないよね。」

郁のさらなる疑問に、堂上と小牧が答えた。
問題なのはそこではなく、館長代理が隠蔽していたと思われる本の方だ。
暗にそんな風に否定された郁は押し黙った。
郁が貸し出されていた方の図書が気になったのは、単なる勘だった。
何となく気になるというだけであり、とても反論する根拠にはなりえない。

「一応、延滞の2人には電話連絡したわ。」
「ちゃんと電話、つながったんだ。」
「ええ。2人とも電話口で恐縮してて、なるべく早く返しに来るって。」
「・・・そっか。」

ここまで言われれば、もう黙るしかない。
堂上と小牧は苦笑し、柴崎はあきれ顔。
手塚は露骨に侮蔑を含んだ表情で、郁を見下ろしている。
仕方ないじゃない。何か引っかかったんだもの!
郁は心の中だけで秘かに反発したが、どうしても違和感だけは拭えなかった。

結局この件は、その場にいる6名の胸に留めるという形でお開きになった。
その後特殊部隊から館長代理に「不明図書の発生率が高い」と通達を出した。
やがて館長代理から「配架ミスに注意するように」と訓示が出され、牽制は効いたものと思われたのだが。

郁や堂上たちが安心した頃、良化特務機関の襲撃があった。
敵はこの不明図書を狙い、わざわざ館長室に持ち出されていたタイミングで現れたのだ。
館長代理が手引きした疑いは高い。
郁と手塚、柴崎の連携でかろうじて本は守り切れたが、何とも後味の悪さが残った。

郁はこの直後に手塚に交際を申し込まれてパニックに陥った。
その結果、これ以上この件を考える余裕がなくなってしまったのだ。
手塚などに気を取られずに、あのときの違和感をもっと掘り下げるべきだった。
郁がそんな風に考えたのは、何年も後のことである。
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